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「水の王子」通信(84)

オオクニヌシが、なぜあんなにもキノマタを拒否しつづけたのか、「村に」では最後まで明らかにはされません。第一、私もわからない(おい)。ただ、なぜかオオクニヌシは拒否するしかないだろうというのは、それはもう絶対にわかる。

ひとつ、ぼんやりと思うのは、オオクニヌシは「村に」何とかしてほしかったのじゃないかと思います。自分が作り上げた村に。キノマタのような存在を、拒否であれ容認であれ、何とかしてくれるような村であってほしかったのじゃないか。仮にそれで自分が追放されることになっても、彼は不満はなかったのじゃないか。

でも村人は何もしなかった。結局こぞって逃走した。逃走しなかったものは黙認した。それぞれの立場に縛られて。
結局はキノマタをオオクニヌシにまかせようとした。これまで他のことを皆まかせて来たように。
それだけはオオクニヌシは、がまんできなかったのじゃないでしょうか。
キノマタから逃げ、何もしようとしなかった村と村人を、彼もまた、見限ったのではないでしょうか。

続編「回復期」で、オオクニヌシはいいんかいと思うほど、タカヒコネをべたかわいがりしています。書いていて作者の私でも心配になるほどです(笑)。
しかしそれは、タカヒコネがただ一人、自分を犠牲にしてキノマタからオオクニヌシを守ろうとし、村を何とかしようとしてくれたからだと思うのです。

オオクニヌシにとって村にとって、キノマタが何であったのか、ある程度でも正確に把握していたのは「おまえら皆、オオクニヌシのすることに慣れちまってるからわからんのだろうが」と言ったタカヒコネだけかもしれません。それがタカヒコネ自身の過去に関係があるのかはまだよくわかりません。

あとは、アメノワカヒコがまた、オオクニヌシの心に気づき、彼なりにキノマタを何とかしようと試みました。そして最後に彼は、自分がオオクニヌシに代わることで、それに成功しています。オオクニヌシがそのことをどれだけ後で聞いて知っているのかわかりませんが、もし知っていたら、タカヒコネと同じように彼も溺愛したでしょう。それこそ、自分の子どもたち以上に。

「金色の目に、あざみの花のようにふわふわした紫色の髪」を、どれだけイラストにできるものかと自分でも心もとなかったのですが、案外うまく行って、びっくりしつつ、満足してます。挿絵ではまるで描けてないですからね。成長しきった姿か赤ん坊の時しか描いてないし。この絵は彼が一番彼らしかった少年のころの姿です。

私にとってキノマタは何だったのかと言うと、話せば長くなりますが、「情けあるおのこ」で描いた存在でしょうね。私がずっと抵抗できなかった唯一のもの、いつもどこかで脅えていたもの。

最も早い下書きの段階から、「村を破壊し崩壊させるもの」としての彼の役割は一貫していました。ハルマゲドンでもラスボスでもなく、村の最期を招くものとして、彼の役割は常に決まっていました。
「村に」で私が描いたのは、キノマタのような存在と私自身との戦いだったのかもしれません。

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カツジ猫