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「水の王子・丘なのに」(19)/224

「水の王子・丘なのに」(第十九回)

【ミズハ姫】

その数日後、草原の中の小さな森のひとつで、ミズハ姫は見つかった。そこはクラドの町がかろうじて目に入るほどの遠くだったから、タカマガハラの船が数隻、上空から見回っていても、ウガヤがいなければ発見まではもっと時間がかかったかもしれない。「あいつ、こんなに大きな声が出せるのか。もう耳がどうかなりそうだよ」とタカヒコネが音を上げたぐらい、ウガヤはかん高い、どこまでも届くような声で、「ミズハミズハミズハミズハ」と叫びつづけながら、船の前後を飛び回った。巨大な羽根の派手な色彩ともあいまって、それは地上の人や動物、空の鳥たちを注目させるのに充分だった。そして、その内、一軒の粗末な小屋から、白い衣の幼い娘がかけ出してきて、喜んでとび跳ねながら空を指差し、しきりに何か叫んでいるのが、船上の人々の目に、いやでも入ったのだった。
 森の周辺は乾いた草地で、船を降ろすのは造作もなかった。歯の抜けたちっぽけなしわだらけの老婆が、小屋から出て来て一同に、「品のいい奥方さまが、すぐに迎えに来るからと、この子をおいて行かれたもんで」と説明した。「それっきり、さっぱりお見えにならんから、どうなさったかと思ってたけど、この子、水くみやら何やら、よく手伝ってくれるから、あたしもこのごろ、腰が悪くなっていたし、ずいぶん助かってねえ。ずっとこのまま、いてくれたってもいいんだがって、実は思ってたとこですよ」
     ※
 ミズハは元気そのものだった。くしゃくしゃの髪に枯れ草をくっつけたまま、楽しそうに船をながめたり、ウガヤをコトシロヌシになでさせてもらったりしていた。「頭の毛とか、ふわふわでやわらかくって、かっわいい」彼女は羽根をひっぱって広げてみながら、「かんだりしないよね?」と聞いた。
 「あんまり羽根をひっぱらなけりゃ大丈夫」コトシロヌシは笑った。「目をつつかれないよう気をつけて」
 「あたしのことのっけて、お空をとべるかな」
 「ああ、君はまだ小さくて軽いから、できるかもしれないね」
 「ミズハ」アワヒメが歩みよって来た。「おばあさんにお世話になったお礼と、お別れを言いなさい。お父さまたちはご都合があって、しばらくあの町には戻れないの。私といっしょに行きましょう。あの船にのせて、新しいおうちに連れて行ってあげる」
 ミズハは不安と期待の入り交じる目で、アワヒメを見てうなずいた。アワヒメはほほえんでミズハを抱き上げ、老婆にていねいに礼を言い、船から下ろした食べ物や飲み物を、恐縮する老婆に与えた。そして皆に向かい、「とりあえず、ミズハとナカツクニの人たちを、あの村まで送ってあげて下さい」と命じた。「私はアメノワカヒコといったんクラドの町に戻って、今日のてんまつを報告し、今後のことを相談してから、当面ミズハの世話をしてくれる家来を一人連れて来ます。ミズハ、淋しくないですね? 私はすぐまたあなたといっしょになりますから、皆といっしょに、お船で遊んでいてちょうだい」
 「うん、いいよ。あたし、とりさんに、乗っていい?」
 「船に戻ったら、甲板の上で乗せてあげるよ」コトシロヌシが約束する。
 ミズハは手をたたいて喜び、老婆に抱きついて「また来ていい?」と聞いた。「いっしょにお月さまと虹を見に」
 「いいともいいとも、いつでもまた戻っておいで」老婆は歯のない口で笑い、船に乗る一同を、よちよち歩きで見送りに来て、なごりおしそうにいつまでも空を見上げていた。

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カツジ猫