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「水の王子・丘なのに」(2)/201

「水の王子・丘なのに」(第二回)

【彼のいた村】

そんなワカヒコが将軍として指揮していた船を下り、オオクニヌシが支配しているナカツクニという小さい村の実態を探って報告するよう命じられ、それっきり帰って来ず報告もあげず、オオクニヌシと協力して村の発展につくしているという噂が広まって来たのは、いつごろのことだったろうか。「だからやっぱりニニギさまを将軍にしておけばよかったんだ」と言う者もちらほらいたりした。
 「何でもタカギノカミかタカミムスビか、どっちか忘れたんだけど、どっちかがワカヒコを、もう一人がニニギの方をかっておられたらしいのよね」どこからか聞きこんできた、そんな噂を妹のタカヒメがタカヒコに報告した。「まあニニギさまも優秀ではいらっしゃるけど、どこをとってもワカヒコさまには劣るしね。でも、まじめだし、わかりやすいし。ワカヒコさまはときどきちょっと頭の回転早すぎて何考えてるかわかんないし、いくら優秀でも、どっか危なっかしくて恐いって」
 「タカギノカミさまが?」
 「それかタカミムスビさまが。どっちか忘れたのよ私。そう言ったでしょ。その話が今になってまたむしかえされてるんじゃない?」
 自分には関係ないことだ、とタカヒコは思った。そう言えばそのころ、タカマガハラの中でもときどき、彼を見て、少し複雑な顔をする者や、中にはわりとはっきり不愉快そうな表情を見せる者がいたりして、多分タカマガハラを見捨てたと思われているワカヒコへのやつあたりなんだろうという気もしたが、そんな噂も悪口も何人か将軍が変わる間には徐々に治まってきた。タカヒコやタカヒメが若い戦士として船に乗りこむようになったころには、キギスという青白い悲しげな顔の少女が将軍になっていて、このところ勢いを盛り返していたヨモツクニとの戦いを、それなりに指揮していて、軍全体も次第に落ち着きつつあった。
     ※
 そのころ何度か通りがかりに、ワカヒコがいるという、ナカツクニの村を空の上から見たことがある。そしてひと目で魅了された。二つの岬と入り江にはさまれた、小さなありふれた村だったが、どこか風変わりで、さまざまな彩りに満ち、見るたびにどこかが変化していて、しかも変わっていなかった。きらめく二つの川が流れ、なだらかな山を背後に背負い、ふもとには森と小さな滝があった。
 ワカヒコがいることは、ともすれば忘れた。しかし、そう言えば、その村はワカヒコに似ている気もした。
 月の夜、甲板に一人でいるとき、夜の靄の中に見え隠れに遠ざかっていく、村の家々の灯りや浜辺のたき火を、タカヒコはぼんやりながめて、何だか楽しくなっていた。妹のタカヒメも同じで、川の水車が増えたとか、岬の途中に家が新しく建ったとか、見つけては面白がっていた。
 「また、あの村を見てるのかい?」船をあやつる古参の戦士トリフネが、ときどき通りかかっては、そんな兄妹を見てからかった。
     ※
 トリフネことアメノトリフネは、まだアマテラスがアメノサグメやアメノウズメと草原で活躍していたころからの戦士で、ただ、いつまでも見た目が若く、まるで少年のようだった。ワカヒコとタカヒコがそっくりなのを、小さいころから気づいていて、どちらのこともよく知っていたからか、ときどきタカヒコに「大変だよねえ」と同情したりしてくれた。「よく見たら、あちこちちょっとちがうんだけどねえ。髪はあっちの方がまっすぐだし、耳は君の方が少し下についてるし」
 「そんなの誰も見ませんってば。並んで立ったこともないんだから」
 「そりゃまあそうだけど。まあきっと、その内に何かいいこともあるよ」
 百戦錬磨の戦士で、それこそ天才的に有能なかじ取りのくせに、トリフネはいつもそんな風におっとりしていて、話していると、何となく救われた。もう一人、ワカヒコの叔父か何かにあたる、これはもう今やタカマガハラの支配者の中心にいる一人の、若いクニトコタチも、タカヒコをときどきワカヒコとまちがえては「すまんすまん」と大笑いして、「おれでさえこれなんだからな。さぞかし迷惑かけてるんだろう?」と謝ってくれた。「いっぺん、あいつに、あいさつに行かせようかと思うけど、あんまりそういうところ、気のきく方じゃないからなあ」
 来られたって困る、とタカヒコは思ったものの、若くて陽気なクニトコタチのそういう気づかいに救われていたのもたしかだ。「いやー、この前、彼を君だと思ってね、延々と彼の悪口を言っていたら、途中で気がついて、どうもあれは参ったなあ。かかかか」と自分で爆笑しているような、若手の実力者にあるまじき豪快さは、この軽率さ、もしかしたら、どこかこの一族の血筋なのかもしれないと思わないでもなかったが。

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カツジ猫