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「水の王子・丘なのに」(22)/227

「水の王子・丘なのに」(第22回)

【そのままでいい】

タカヒコネが身体をこわして寝込んでいると聞いたので、気になったタカヒコは見舞いに行くことにした。
 湖を背にしたオオクニヌシの白い石と木でできた小ぢんまりした家は、外から見ても住心地がよさそうだったが、廊下にいたスクナビコからタカヒコは、さんざん文句を言われてしまった。
 「見た目は元気に見えておっても、あれは死にかけた病人じゃぞ」彼はタカヒコに向かってまくしたてた。「それをまあ、空を飛ぶ船なんぞに乗せて、あんな地の果ての得体のしれん町まで皆で連れ出しおってからに。草原でさんざんっぱら人殺しをしていたころとちごうて、体力も落ちておるのじゃから、草刈りの牢破りのと、こき使うのなぞ、もっての他じゃ。幸い腕の傷口がひとつ悪化したぐらいですんだからよかったものの、若い連中のすることの考えなしと言うたらもう」
 すみませんすみません今度からしません気をつけますと平謝りに謝ったあと、ようやく部屋に通されると、寝台の上でタカヒコネが枕につっぷして、声を出さずに死ぬほど笑っていた。
 「説明しないでいい、中から全部聞こえた」彼は言った。「せっかく来てくれたのに悪かったな。あのじいさん、誰か来ないかと手持ち無沙汰でこの数日、朝からずっと待ちかまえていたんだよ」
 タカヒコネは片方の腕に新しいぶあつい包帯を巻き、顔色は青白くなって少しやせたようだったが、目はいたずらっぽく躍っていた。「座れよ、おれも退屈してた。こいつじゃ話し相手にならんしな」
 イナヒという、あのリスかイタチに似たけものが、寝台の下半分を占領して、太いしっぽをこれみよがしに広げて寝ていた。タカヒコを見ると、上目遣いの横目でにらんだが、すぐに興味をなくしたらしく、あくびをしてまた寝てしまった。
     ※
 タカヒコは少しはなれた椅子に座った。「傷はよっぽど悪いんですか?」
 「びくびくすんなよ。いつものこった。少し無理すると古傷の奥が腐って腫れてくることがあるのさ。スクナビコが切り開いて薬を入れて縫い直してくれたら、またよくなる」
 「痛むんでしょう?」
 「あいつが怒って手荒にしなきゃ大したことないんだが、今回そうでもなかったな。よっぽど腹が立ってたらしくて」
 「牢破りなんかしてないでしょう?」
 タカヒコネは、くつくつ笑った。「どうせ怒るんだから、ちょっとおどかしてやろうと思ってさ」
 「…もう」
 タカヒコがため息をつくと、タカヒコネはちょっと口調をあらためた。「君こそいろいろ大変だったな。ミズハ姫はどうしてる?」
 「イワスヒメといっしょに、ニニギの家にいます。コトシロヌシが毎日海岸で、ウガヤに乗せてやってますよ。イワスヒメはコノハナサクヤと建物の話とかして、そりゃもう楽しそうですし」
 「君が皆にワカヒコと呼ばれてないこと、気にしてないのか」
 「サクヤとニニギが何とか言ってごまかしてるんでしょ。どっちみち、今度クラド王に会いに行くときまでには、ワカヒコさまに少しでも近づけるように、私もいろいろがんばっておかないと」
 「やめとけ。君はそのままでいいよ」タカヒコネは言った。「クラドはどうせワカヒコのことなど忘れるよ。村の皆もおんなじだ。早晩ワカヒコのことなんて忘れて、君のことしか覚えてないさ」
 「でも、あなたは忘れないでしょう?」
 「それが、そうでもないんだよ」タカヒコネは言った。「たしかに親しくしてたけど、そんなに色んなことを話したわけじゃないし、彼のことをよく知ってるわけじゃない」
 どこか淋しそうに彼は続けた。
 「だからかえって会いたくなるんだろうけどな。わがままなんだとわかっていても。君はちがうと、知っていても」
     ※
 「すみません」何となくタカヒコは謝った。
 タカヒコネは苦笑してそれには答えず、「久々に遠くに行けて楽しかったなあ」と言った。「クラドの町にまた行くのなら、じゃましないから連れてってくれ」
 「もちろんです」
 この人何だかかわいいんだな。唐突にタカヒコはそう思った。似てないようで、ちょっとクラドと似ている気もした。
 「あ、いけない」窓の外を見てタカヒコネが言った。「オオクニヌシとスセリが帰ってきた。おれちょっと寝たふりするからな」
 「ど、どうしてですか?」
 「スクナビコと反対で、あの二人、おれが勝手に遠出したこと、たいがい心配したはずなのに、何でもない、気にしていない、え、いなくなってたっけみたいな顔し続けるから、何だか見てて気の毒で、気がとがめて、苦になっちゃってそれでもう」言いかけてタカヒコネはいきなり目を閉じ寝息をたてはじめた。「あとは頼む」
     ※
 タカヒコがまごついていると、入ってきたオオクニヌシが「おお、タカヒコ、来てくれていたのか」と喜んだ。
 「スクナビコに怒られるとわかってるから、コトシロヌシもニニギも、ちっともよりつかないのよ」スセリがとってきた木の実を、のそのそ起き出してきたイナヒに食べさせながら嘆いた。
 そっとうかがうとタカヒコネは枕に顔をなかば埋めて、唇をかすかに笑わせながら眠ったふりをし続けている。
 「薬草をとってきたから、そのへんにつるしておくか」オオクニヌシはそう言って、いい匂いのする草の束を、せっせとひもでしばりはじめた。

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