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「水の王子・丘なのに」(3)/202

「水の王子・丘なのに」(第三回)

【山が崩れて】

青天の霹靂という言い方は少し大げさすぎるかもしれない。ナカツクニの長であるオオクニヌシの息子と称する赤ん坊が突然訪れ、その子がまたたく間に成長して新たな村の長になろうとする動きがあることは、風の便りにタカヒコも聞いてはいた。そう言えば最近ナカツクニを訪れる人の出入りがどことなくおかしく、これまで見たこともなかった仰々しい醜い大きな建物が、あちこちに建ちはじめているのにも気がついていた。しかし妹のタカヒメとさえ、そのことについてゆっくり話すひまのない内に、とんでもないことが起こった。村を抱きかかえていたかのような背後の山がいきなり崩壊し、村の大半ががれきの下に埋まったのだ。海につき出た両側の岬はぶじだったが、住人の大半は住まいごとがれきの下に埋もれた。
     ※
 ことはそれだけでは、すまなかった。
 旧友のスセリを訪ねていたタカマガハラの将軍の少女キギスは、村を支配しようとしていたオオクニヌシの息子キノマタに、その混乱の中で殺され、彼女を守ろうとしたワカヒコもまた殺された。だが、それに激怒したワカヒコの恋人トヨタマヒメが、キノマタを殺し、そのあとを継ごうと対立した村の兄弟ホオリとホデリが投げあった二つの珠がぶつかりあって、山が崩れたらしいのだが、そんな中、入り江を泳いでいたわにざめの中から、ずっと姿を見せなかった、かつての大将軍アマテラスが復活して、キギスに代わって指揮をとるようになったのだ。
 そんな中、アメノウズメもまた動いた。それまで長く村で暮らしていた彼女は、タマヨリヒメに化けていたヨモツクニのツクヨミの正体をあばくが、更に二人の少年ヒルコとハヤオに鏡をあてて消そうとしたため、鏡は割れて砕けてしまう。
 同じころ、アマテラスとツクヨミもウズメに内緒で、タカマガハラとヨモツクニに向かい、イザナギとイザナミに会って長く続いた二人の戦いを和解させたというのだが、定かではない。
     ※
 ほとんど時をおかず続けさまに起こった、これらのややこしく錯綜した動きの意味を、タカヒコはほとんどしっかり理解するひまがなかった。妹のタカヒメも同様で、そもそもタカマガハラの全船団と戦士たちは、キギスの死を悲しみ、アマテラスの復活を喜びながら、とりあえず、そのアマテラスの指揮のもと、村の人々をがれきの中から救い出すことに必死で、それが一段落したあとは、村の生活を立て直し、畑や港を再建して、人々の暮らしを元に戻すのに夢中だった。
 救われた人々は皆タカヒコを見るたびに「ご無事でしたか」と喜んだ。もちろんワカヒコとまちがえているのだが、がれきの片づけやけが人の治療などで、眠るひまもなく、口を動かす元気さえなかったタカヒコは、いちいち説明も訂正もする余裕がなく、そもそもワカヒコがどうなっているのか気になりながら知るすべもなかった。キギスにつきそって村に来ていて、ワカヒコの死を目の当たりに見ていたトリフネから、まちがいなく彼が胸に矢を受けて川のほとりの草を血に染めて死んだと聞いたときにはもう、しびれたような頭のどこかで夢のように淡い悲しみを感じただけだ。初めて会ったとき、くったくなく腕に手をかけて「ごめん!」と言ってかけ去った笑顔の少年の後ろ姿を見送っているような気がした。
     ※
 アマテラスはイザナミに会いにヨモツクニに行くとき、タカヒコ一人を連れて行った。イザナミはどうやらもうそこにはいなかったし、敵らしい敵にも遭遇せず、はっきり言ってタカヒコはこれと言って何の役にも立たなかったのだが、アマテラスはそんなことははじめからわかっていたように、まるで気にした風はなく、ぬめぬめ青光りする気味の悪いヨモツクニの通路を歩きながら、気軽にのんきに、いろんな話をしてくれた。
 タカヒコがワカヒコでないこと、そもそも似ていることさえも気づいていないようだった。少し緊張がゆるんだ帰り道、タカヒコがつい「ワカヒコさまと似ているとよく言われて」と口をすべらすと、アマテラスは初めて「へーえ」と目を見張って正面からまじまじとタカヒコを見て、「そうかなあ?」と言った。「髪も耳も全然ちがうじゃないか。笑うときにそなたは目を伏せて口を横に引っ張るし、ワカヒコはこっちを見つめて口を丸く開けてたし」
 生まれて初めてタカヒコは内心で、ぎゃっと言った。アマテラスは、こともなげにすぐに話をかえてしまい、二度とその話をむしかえす勇気はタカヒコにはなかったが。
     ※
 ナカツクニの村の若者たちも、せめてアマテラスの半分ぐらい、自分とワカヒコのちがいに気がついていてくれたらいいのに、とタカヒコはその後何度か思った。
 アマテラスはじめタカマガハラの戦士たちの大活躍もあって、村は予想以上に早く以前の姿をとり戻しつつあった。タカヒコとタカヒメは、その活動をきっかけに、しばしば村を訪れるようになり、どうかすると村人の一人のように見えるほど、ひんぱんに出入りしていた。
 ワカヒコとトヨタマヒメとキノマタの墓は、岬の根元に無事に残った村の墓地に作られていて、後に訪れた旅人たちなどは三人を家族と思っていたようだし、もともと子どもたちの遊び場でもあった明るい草地だったから、三人の墓にもいつもあふれるように花が供えられていた。そのくせ村人たちはワカヒコの死を目の当たりに見ていない者が大半だったこともあって、どうもその死が実感できていないらしく、タカヒコとまちがえる他にも、村がどうにか落ち着いたあと、二人で旅に出てしまったヒルコとハヤオといっしょに連れ立って行ったのだとか、タカマガハラに戻ったのだとか、それぞれが勝手なことを考えているようだった。
 何しろ混乱期で、村の立て直しに忙しかったこともあって、その時期のことについては、誰もじっくりふり返ったり話し合ったりする余裕がなかったのである。

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カツジ猫