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「水の王子・丘なのに」(6)/206

「水の王子・丘なのに」(第六回)

【妹タカヒメの見解】

とは言っても、今回のこれはなあ。
 どこまで三人に話したものか、そもそも言ってもいいもんなんだろうか、と旅のしたくをととのえながら、ともすれば頭を抱えていたタカヒコは、妹のタカヒメが「あら、とっくに話しちゃったわよ。だって秘密ってほどの仕事でもないんでしょ」と、何だか不機嫌そうに(最近いつもそうなのだが)ぷりぷりしながら言ったとき、さすがにあわてて、かなり怒った。
 「おまえなあ…こんな大事な、微妙な任務を、関係ないナカツクニの村の、あの三人に!」
 「そんなに大事な仕事かしら」タカヒメは、かみつき返して来た。「アワヒメさまだって、あそこのクラド王のお妃とはお知り合いの仲よしらしいし、その内、兄さまの様子を見に行くと、のんびり話しておられたし」
 「言っちゃ何だがアワヒメさまはな、世界のおわりが来たっても、ああいう話しぶりをなさる方だぞ」タカヒコも食ってかかった。「おまえの目にはただただ上品でやさしいお方に見えるか知らないけど、そんなふつうの、おっとりお嬢さまがタカマガハラの将軍なんてやっておられるわけないだろ? これは見た目よりずっと危険な重要な仕事だよ。一つの町の王ともあろう方が、立派な学者として知られていた人を、突然理由もなく地位を奪って表舞台から消しちゃったんだぞ。誰もその理由を知らないし、町の中が今どうなってるかもわからない。手がかりをつかむとすれば、王と妃の二人と親しかったワカヒコさまが何気なく遊びに行って様子をさぐってくるしかない。どこが大事な仕事じゃないんだ?」
 「わかっているわよ」タカヒメはぞんざいに片手をふって窓べの椅子に腰を下ろした。「それでも兄さま、何だか変よ。今回のこの仕事って。タカマガハラのお歴々を疑うわけじゃないけれど、わかってる? ねえ、兄さまはワカヒコさまじゃないのよ。次の支配者候補でも何でもない、ふつうの、どこにでもいる医師よ。どうにでも使いつぶせる、ありふれた人材よ。そのこと、しっかり、わかってる?」
 「そんなこと、生まれてこのかたずっと言われて来たことだよ」タカヒコは言い返した。「それよりおまえ結局は、タカマガハラのお歴々のこと、しっかり疑ってるんじゃないか」
 「自分があの人たちにとって、どんな存在かぐらいは知ってた方がいいと思うの」タカヒメは言い張った。「アワヒメさまのご様子だって、何となく、どこか変。だいたい兄さまとワカヒコさまは、いつも草原じゃごっちゃにされて来たんだし、そのクラドの町のことを今さらちょろっと調べるぐらい、大した仕事じゃないはずよ。何をタカマガハラをあげての大計画みたいになってるのよ。きっと他になにかあるんだわ。それが何かはわからないけど」
     ※
 「だからって、あの三人に話すか?」
 タカヒコが抵抗すると、タカヒメの口調もますます熱を帯びて激しくなった。
 「様子を知らせておいた方がいいわ。そして意見も聞くべきだわ」彼女は言った。「ワカヒコさまがタカマガハラを二の次にして最後まであの村のためにつくそうとし続けたのは、それなりの見通しと理由があってのことよ。タカマガハラにもヨモツクニにも、いいようにされない人たちが、あそこには集まっている。コトシロヌシは星や鳥を通して世界を知ってる。ニニギはタカマガハラのことをわかってる。タカヒコネはかつて都の王だった。彼らと手をつなぎ、心を通わせておくことは、甘っちょろい友情や自己満足のためなんかじゃない。大きな力と対決し、時にはそれをいいように動かしながら、自分の生き方を守ることなの。自分より強い何ものかに、それと気づかず自分を勝手に使い倒され利用されて、世界や大切なものたちを皆失ってしまうような、最低限のバカにならないためなのよ。そのくらいの知恵働かせたらどうなのよ。ぼけっとするのも、いいかげんにして!」
 タカヒコは額に手を当て、寝台に座った。
 「とりあえず、どうしたらいい?」
 「とりあえず、あの三人に会って、話をしなさいよ。出かける前に、一ぺんでいいから」タカヒメは頼みこむ口調になっていた。「アメノワカヒコさまだって、きっとそうしてほしいと望んでいらっしゃるはずよ」

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