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「水の王子・丘なのに」(7)/207

「水の王子・丘なのに」(第七回)

【対策会議】

その数日後、タカヒコはナカツクニの村を訪れたが、コトシロヌシたちには会わなかった。ツクヨミの店をのぞいてもいない。
 どうしたんだろうと思いながら歩き回っていると雨が降ってきた。浜辺の岩陰で雨宿りしていると、たしかサルタヒコという名の、たくましい漁師が浜辺の船の上から「おおい!」と呼んだ。「そんなとこでぬれてると、風邪ひいちまうぞ。こっちに来て、暖まれ!」
 それはまったくの小舟ではないが、さりとて沖に出る大船でもない、中ぐらいの舟で、かんたんな屋根がつき、火鉢に炭火が燃えていた。雨よけの幕を屋根の回りにはりめぐらしながらサルタヒコは「ちょっと留守番しててくれんか」と言った。「おれは家に戻って、ウズメと山羊の世話をしなきゃならんから。舟はしっかりもやってあるから、流れ出したりはしない」
 タカヒコは礼を言って火鉢のそばの腰かけに座り、タカマガハラの空飛ぶ舟とはまたちがう、波にゆられる舟の動きを味わっていた。すると、しばらくして狩りの帰りか、獲物を下げたニニギとタカヒコネが岸の方から現れて、タカヒコを、と言うより舟を見つけて喜んで走って来た。
 「雨宿りができる雨宿りができる」二人は口々にそう言って、ぬれた服をしぼり、火鉢に手をかざして、酒筒と木の実をタカヒコにさし出した。「飲めよ。その内雨は上がる」
 三人はしばらく他愛ない話をし、その内雨が上がってサルタヒコが帰って来て、にぎやかな冗談をかわしながら、舟に積んでいた魚と、狩りの獲物の肉を交換したりして舟を下りると、ニニギが「コトシロヌシの家に行こうや」と言い出した。「肉焼いて食べられるぜ」
 二人ともいとも陽気でのんきで、普通だった。クラド王の町の話など、おくびにも出さない。タカヒメは本当に話したんだろうかと疑いながら、タカヒコは二人について行った。
 コトシロヌシは家にいた。ちょうど掃除をしたばかりだとかで、さっぱりと片づいたへやの、ぴかぴかにみがかれたかまどで、タカヒコネとニニギは狩ってきたけものの肉を切り分けて焼いた。それをいっしょに食べる段になっても、誰もタカヒコの任務のことなど口にしない。
 もうこちらから言うしかないと思って、タカヒコは居ずまいを正した。
 「妹から聞いたかもしれないが」彼は三人を見回して言った。「実はちょっと相談したいことがあって」
     ※
 三人はそろいもそろって、みごとにそしらぬ顔をした。
 「えー、何だい?」ニニギがいかにも白っぱくれて聞き返したので、コトシロヌシは横を向いて笑いをこらえ、タカヒコネは吹き出して「おまえさ」と容赦なく言った。「それで、とぼけたつもりかよ?」
 「だって、いったい何のことだか」
 「もういいって。出発はいつだ?」タカヒコネはずばりと聞く。
 「まだはっきりとは決まってないみたいなんです」タカヒコは答えた。「皆さん、あの町のことは、ご存じなんですか?」
 「噂にはときどき聞くね」コトシロヌシが言った。
 「船で上から見たことはあるよ」とニニギ。
 「おれは二三度行ったことがある。まあ、でもずいぶん前だがな」タカヒコネが言った。
 「草原で盗賊やってたころか」コトシロヌシが軽く眉を上げた。「そこでも人を殺したの?」
 「いや。お妃の首飾りが、金と青の勾玉をつらねたみごとな作りで、あの細い首をはねて奪いたいとはちょっと思ったが」タカヒコネは酒をあおった。「実際には誰も殺してないし、何も盗んでいない。はっきり言って指一本ふれてない。あの町では、誰にも、何にも」
 「そいつは君にしちゃ珍しいんじゃないか」ニニギが聞いた。
 「珍しいどころか前代未聞だ」タカヒコネは舌打ちした。「何だかな、おれの本能が告げたのさ。ここではそんなことしない方がいいと」
     ※
 「何となく、あの町はおかしいんだよ」タカヒコネは続けた。「変な霞や靄や霧や虹が、しょっちゅうわいたり消えたりするってのは、いくら何でも知ってるな?」
 タカヒコはうなずいた。
 「あれ絶対にふつうにそうなってるんじゃないからな」タカヒコネは断言した。「特に虹だよ。絶妙のときに、いきなり現れて行く手をふさぐ。足元からぽかぽか小さいのがわいて、たけのこみたいに伸びたりする。一度など、おれの手首に腕輪のようにからみついて、七色にぐるぐる回った。別にこっちを傷つけたりはしないんだが、ただ限りなく気味が悪い。絶対に、何かの力が働いてる」
 「君は草原から入ったのか?」
 「いいや。海から泳いで岸に上がった。沖を通る船に乗せてもらったんだ。あそこの崖は地下の洞窟のようになっていて、いくらでも隠れ場所はあるから、身をひそめるには一番よかった。まあ、そんな心配はほんとはしなくてよかったんだがな。軍隊も戦士も兵士もろくにいないし、住んでる人間がそもそも少ない。そして、親切で温和で、優雅だ。王と、その一族もな。けっこう人々の中にまじって暮らしていたから、わりと近くで見られたんだが、おもちゃのように、きれいでかわいくて、こわれやすい感じがした。そう、誰かが作ったおもちゃのようだった、何もかもが、何となく」
 「そこに行けって言われてるんです」タカヒコはため息をついた。「アメノワカヒコさまになりすまして」

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カツジ猫