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「水の王子・丘なのに」(8)/213

「水の王子・丘なのに」(第八回)

【先手を打って】

「そもそもアメノワカヒコはどうやって、クラドの町に入っていたんだ?」コトシロヌシが聞く。
 「以前は普通に船を降ろせたんですよ」タカヒコは説明した。「霧も靄もかかってなければ、船を降ろすに都合のいい草地も台地もいくらでもあるんですから。他の町や村と同じようにタカマガハラは船を降ろして、ワカヒコさまも他の皆さんもそこそこ長く滞在したりしてたみたいです。でも今はもう霧がすっぽり上空をおおってしまっていて」
 「それはクラド王の意志なのか?」
 「そこんところもよくわからないんですよね。ちょうど、この村でコトシロヌシがやってくれてたように、カナヤマヒメという女性が、タカマガハラと交渉や連絡をして、いろんな情報もくれてたみたいなんです。彼女は学者で、と言っても医者というより機械やなんかに詳しくて虹や霧もある程度どうにかできてたらしいんですが、その人の消息が今は全然わからない」
 「その女がクラド一家を殺して、町をのっとってるって可能性はないのかい?」
 「どうなんでしょうねえ。でも、クラド王はこのところ近くの町や村ともつきあいやめて、旅人もよそ者も全部町からしめ出しちゃってるんですけど、その、最後まで町にいた旅人たちの話では、クラド王は元気でいたし、カナヤマヒメはその前からいなくなっちゃってたらしいし、どっちかがどっちかをどうかしたなら、やっぱり王が彼女をどうかしたんじゃないのかなあ」
 「敵対してたわけでもないんだろ。家族ぐるみのつきあいだったらしいじゃないか」
 「だからますます、わけがわからなくて」
 「それをさぐるのが君の役目か。とんでもないことになってさえいなけりゃ、そう大変な任務でもないな」タカヒコネが緊張を解いたように姿勢を崩した。「様子をうかがって、わかったことを報告すればいいだけなんだろ」
 「ワカヒコさまじゃないことを見破られさえしなければですね」タカヒコはしおれた。
     ※
 「いったいクラドとワカヒコは、どのくらい親しかったんだい?」
 「けっこう仲がよかったようです。クラド王はとてもワカヒコさまが気に入っていて、少々の頼みは聞いてくれていたそうで」
 「それだけじゃ何ともな。ワカヒコの方が手玉にとっていただけかもしれんし、その程度のつきあいだったら、見破られずにすむんじゃないの?」
 「とりあえず、おうかがいしたいんですが、そのためには、私はどこに気をつけたらいいんでしょうか? 皆さんがごらんになって、あの方と私、どこが一番ちがいます?」
 三人はちょっと鼻白んだように、視線を泳がせた。「どこって、そりゃ…」
 「弓の腕とか剣の腕とか、そんなことはいいんです。比べものにならないのも、ものすごくちがうのも、よくわかってますから。そんなんじゃなく、ぱっと見たとき、うわべだけの印象で、一番ちがうところって何ですか?」
 「ええとね」ニニギが口ごもった。「ちょっと見ただけなら、まるで区別がつかないよ。表情や、しぐさなんかも。でも、どうだろう、君ちょっとしゃべりすぎかな」
 「いや、それは私も言おうとしかけたが」コトシロヌシが、ほおづえをついた。「ワカヒコもけっこうしゃべってなかったか? どうでもいいようなことをぺらぺらと」
 「だけど、のべつまくなしじゃなかったような」
 「軽くて、ちゃらんぽらんで、無責任な感じ…あ、でもそれはワカヒコもそうか。迫力がない…って、それも同じか」タカヒコネも腕を組む。
 「ワカヒコには裏表があったと思うんだよね」コトシロヌシが考えこんだ。「君はそれがまるでないからね。いつもまっすぐで、気持ちがそのまま顔に出る。とは言え、ワカヒコだって見た目はそう見えたんだから、これもあんまりちがいにならんか」
 「まあ、もうちょっとめんどうくさそうに、けだらしそうにした方がいいのかもしれない」タカヒコネが言った。「君は姿勢がよすぎるよ。椅子にくたっとよりかかって、ぼやっと宙を見つめてみ」
 タカヒコは、言われた通りにしかけて、途中でやめた。
 「何だか無理そう。そんな気分になったことないし、身体がそんな風に動かない。て言うか、ひょっとして、からかってます?」
 「そうでもないが」タカヒコネは微妙な顔をした。「考えてみれば、クラド王の前じゃワカヒコも、はつらつとしゃきっとして見せていたのかもしれんし、クラド王の好みで楽々どんな人間にもなっていたんだろうから、今ここでいくらおれたちが考えても意味がないって気がしてきた」
 「そう、はなっからやけになるなよ」ニニギがなだめた。「今の君の言ったことは大切かもしれないよ。タカヒコは見た目、まっすぐすぎるもの。もうちょっと投げやりな、冷たい心を持つようにしといた方が、ワカヒコの雰囲気、よく出るかもね」
 「私が一番恐いのは」タカヒコは弱音を吐いた。「あの方のことを本当に何にも知らないことなんですよ。ちょっとしたしぐさとか、表情とかも。クラド王が、その果物のつまみ方はちがうとか、そんなまばたきはしなかったとか思っちゃったら、もうおしまいじゃないですか。そう考えるだけで、もう恐すぎて息もできない。声も出せない」
     ※
 「だったらな、いいことを教えてやろう」タカヒコネが身を乗り出した。「クラド王とはしばらく会ってないんだな、ワカヒコは?」
 「ええ」
 「どのくらい?」
 「多分、数年」
 「それじゃ、話はかんたんだ」タカヒコネは肩をすくめた。「会った早々でもいい、しばらくして相手が変に思ってる様子がうかがえてからでもいい。なるべくなら先手を打った方がいい。自分から、私は変わった、と宣言するんだ」
 「どういうことです?」
 「戦いで大けがをして、足が不自由になったとか、指がきかなくなったとか、目がほとんど見えなくなったとか。これでワカヒコのような戦闘能力のない言い訳は全部通用する。ついでに大病をしたとか大失恋をしたとかひどい裏切りにあったとか、とにかくもう立ち直れないような傷を心に負ったとか。私はもう昔の私じゃない。深刻な顔でそう言っておけば、あとはもういくら、まぶたをけいれんさせようが、杯を持つ手がふるえようが、すまん、あれからずっとこうで、とつぶやいておけば、相手は納得する。いったい何があったのかと聞かれたら、声をふるわせて、その話はしたくない、と言っとけばいい」
 ニニギが小さく口を開けた。「悪いやつだなあ、タカヒコネ」
 「体験を無駄にしてないところがいいよね」コトシロヌシがすまして言った。「しかし、たしかに役に立ちそうだな。タカヒコ、行き詰まったらそれで行けよ。できそうじゃないかい?」
 「できるかもしれないですね。ちょっと自信が…」タカヒコの顔にやや生気が生まれたようだった。
 「それらしく見えるような傷、いくつかつけてやってもいいぜ」タカヒコネが流し目をして、うそぶいた。
 「いいです」タカヒコは急いで断る。
 「ツクヨミのまねをするのはやめなさい」コトシロヌシが笑いをかみ殺しながら、どこか兄のように半ば真剣にタカヒコネをたしなめた。「父に言いつけてやるからな」

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カツジ猫