「馬の中」シリーズ解説(1)
「馬の中」シリーズは全三冊で、それぞれ「炎」「風」「夜」という巻の名にする予定です。
とりあえず、第一冊の冒頭につける予定の解説と、全収録作品の内容紹介をあげておきます。二回にわけるかもしれません。
「馬の中」シリーズ全三冊について 板坂耀子
世界最古の文学と言われるホメロスの叙事詩「イーリアス」は紀元前1250年頃のトロイとギリシャの十年にわたる戦いを題材としている。
ラシーヌの「アンドロマック」、ジロドゥの「トロイ戦争は起こらない」など、たくさんの後日談、前日談などの二次創作も生まれた。2004年公開のハリウッド映画「トロイ」も、そのささやかな一つと言えよう。
それなりのヒットもしたが大ヒットとまでは行かなかったこの映画を、私は驚きつつ高く評価した。人気俳優を多く使った華やかな娯楽作でありながら、そこには確固とした戦争反対の姿勢が貫かれていたからだ。
もちろんそれは原作の「イーリアス」にもあった姿勢だし、戦争を扱った古今東西の古典文学には常に共通するものだ。しかし、主役二人の運命以外には、あまりにも破天荒な原作の改変を随所で行いながら、それらのすべてが一貫して戦争の否定と平和の希求につながってなされていることに、私はペーターゼン監督のなみなみならぬ決意とゆらがぬ視点を見た。
当時運営していたサイトで、この映画のファンの方々と批評や感想をかねたおしゃべりを楽しみ、それらにつながる自分の見解や解釈を、いくつかの小説のかたちで書いた。それをその後二十数年近く、自分のブログで公開していた。
今回こうして、それを本のかたちで自費出版することにしたのは、近年急激に世界が暴力と独裁と戦争の方向に向かいつつあることに強い危機感を抱くからである。あらためて、これらの小説で模索した、平和のために自分たちに何ができるかを考えて見たかった。
「イーリアス」を読んでいると、1200年も昔の人の心が、今の私たちとあまりにも似たところが多いのに気がつく。愛し方も憎み方も戦い方も悲しみ方もあきらめ方も、何もかもがまるきり今も変わらない。彼らに心を託すことで、私たちに出来るかもしれないことを探したいし、つかみたい。
2004年の映画「トロイ」を骨組みとして利用するが、ここに収めた作品類はすべて、これまでに「イーリアス」にもとづいて作られた古今東西の多くの作品と同じものと思っていただいてさしつかえない。そしてそれらの作品と同様に、「イーリアス」にしても、映画「トロイ」にしても、読んでなくても知らなくてもこれらの物語を味わうには困らない。
ここで私が描くのは、平和と戦争、家族と友情、そして多分何よりも、あらゆる時代とあらゆる人々の「青春」である。(2025.3.28.)
表紙と裏表紙のデザインについては思案中ですが、昔、田舎の家の応接間にあったテーブルクロスと、古い馬の置物、小学生の私が夏休みの自由研究で海でひろった貝殻などを使ってみようかと思っています。どういうことになりますやら(笑)。