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うぎゅ(水の王子覚書21)

「水の王子」の最終編「川も」を書き上げて、いよいよこのシリーズと手を切れるとのんびりしていて、気がついたら、くうう、紙本と電子書籍で出版する際の冒頭につける「登場人物紹介」を書かなきゃならないのを忘れてた!

 新しいイラストを描いているヒマがあるかどうかわからないので、これまであるものを使うとして(でも、うっかりまた描きそうで恐い)、それにしても、ちょっとまたひと仕事になるかもね。

 「山が」「空へ」の紙本ができるのはもうすぐだし、当面は次の「畑より」「町で」「丘なのに」の三作合冊分の「紹介」を書けばいいか。あとは、年内に出せばいいから、ぼちぼち行けばいいかな。

 校正用にコピーをとってファイルしたから、一応校正の体制は整った。今調べたら「畑より」の人物紹介は作ってるみたいだから、至急「町で」と「丘なのに」を作らないと。あー、ついでに他の作品の人物紹介も一気に仕上げたい。こりゃー、三月いっぱい手が切れそうにないな、このシリーズとは。それが楽しいんだか苦しいんだか自分でもようわからない(笑)。

思えば私、このところ狂ったように美術館巡りして町のレストランで、ささやかなごちそう食ってたのも、夏目漱石やら源氏物語やら北杜夫やら、妙に古典や純文学っぽい本を読み飛ばしてたのも、すべては「川も」を書き上げる、それも超特急で爆進して書き上げるための気分転換や栄養補給だったのよねー。だもんだから、その創作作業がなくなったら読書も外出もやる気がなくなって、しゅぼーと引きこもってしまいそう。それでも、家の片づけや庭仕事や専門の研究だの授業だのに興味が向くから、それでいいのかもしれないけど。

あー、自分をコントロールしつづけるのって疲れるー。暴れ牛を数頭ペットで飼ってるみたい。

何かこんな楽屋の無駄話だけでもあんまりなんで、「川も」について、ちらっと書きます。

これは、出版するときの本の厚さをそろえるために、ずっと前の作品の間に挿入するための創作でした。だいたい昔から私はわりと小説書く時、最初にラストシーン書いて、次にクライマックスシーン書いて、それからファーストシーンを書いて、その後で、その間を埋めて行く、というものすごい書き方をいつも普通にしていたので(なぜか「水の王子」だけは、各編すべてそうじゃなくて、冒頭から順に書いて行ったのよね)、このくらい軽いと思っていたのですが、やってみるとこれが意外と大変で(笑)。ま、途中挿入が理由と言うより、作品そのもののせいでもあったんですが。

「湖よ」については前にも書きましたが、しょうもない身内のエピソードを思い出したのをきっかけに、短いけど悪くなく(あくまで自分の評価ね)まとまりました。「川も」は量的にもうちょっと長くしたかったので、どんな中味にするか実は最初全然考えないままスタートしてました。

順調に行けば、これでこのシリーズとお別れだと思いましたから、最近わりと脇役の狂言回しっぽくなって、まったく出て来なかったりする、一応主人公のヒルコとハヤオを、めいっぱい描いてやって、とことんつきあおう、と、それは何となく思っていました。だから、もう特に筋なんかない旅日記みたいにしようかな、などとも考えていました。

あと、シリーズの最後に近い「岬まで」に登場したオオクニヌシの兄弟たちの中で、ちらっとでも本人は出て来ない二人、オミヅヌとウカノについて、何か書いておいてやりたいという目的がありました。(フヌヅヌはちらっと出るんですけどね。お気づきかどうかわからないけど、ヤシマの思い出の中で。)「岬まで」の最後にタカヒコネがオオクニヌシに頼むことでもありますし(笑)。

それとまあ、シリーズの他の作品で書かなかったことをこの機会に書いておくかな、とも考えていました。

読んだ方はおわかりでしょうが、「川も」には、外見の美しい人、魅力的な人が登場しません。また、主要な数人以外は名前がついていません。これはどっちも意図したのではなく、自然にそうなりました。屋敷の下働きの若者や、商人の宿の娘なんて、ちゃんと名前の候補も決まっていたのにねえ(笑)。

ラストシーンでもわかるように、「川も」は「海の」とも共通する部分があります(あんなにすごくはないし、残酷な場面もないからご安心下さい)。しいて言うなら私の中の女性問題とからむという点ですが、「海の」とちがって、今回は女性男性に関係なく、私の好み、人とのつきあい方、好き嫌い、などについて、結構露骨に掘り下げてみました。

これはスリリングで面白い一方、超疲れる作業でもあって、まさか三島由紀夫が「仮面の告白」を書いたとき、目に見えてわかるほど消耗しつくしていたとかいうエピソードを思い出すのは、まああまりにも身の程知らずというものですが、多分似たような感覚はずっと味わいました。「川も」は、そういう意味では私の「仮面の告白」っぽい面があると言えば、たしかにそうです。まあ、「水の王子」全体が基本的にはそうですけど、これは特に。

あと、マガツミはどうやって生まれているのかということも、少しほのめかしておきたかった。
 そのせいもありますが、「川も」の舞台の村は、かなり現代の現実社会に近いです。私の感覚がとらえる限りですが。特に悪人はいないが、すべてが悪人かもしれない。かわりばえしないようで不安定。誰もが幸福なようで不幸。などなど。
 そうやって書いていると、たまたまですが、ふっと妙に、より具体的に現実と重なる部分も生まれます。ラストシーンは書いていると、ウクライナなどの戦地から亡命する人、被災地で一時移住を余儀なくされる人、などの姿や心がひとりでに浮かび上がって来たりしました。

いやはや、書いてるときりがない。また続けますので、どうぞよろしく。

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