水の王子・「岬まで」16
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「でさー、そーゆーわけでさー」祭りの準備でごった返している村人たちの一角で、つみ重ねた太鼓によっかかって一休みしながら、クマノクスビはいつものくったくのない調子でぼやいた。「あのおっさんのいうことが、どうもおれには、いまいち何だかよくわからねえんだよなあ」
「やべっ、おれが殺したのも、そんな変なやつだったの?」アマツヒコネが身をのりだして、大皿の中の炒り豆をつまんで口に放りこみながら、ぱっちりした目元を曇らせる。「あとあじ悪いな、何だかなあ。そんなまともでもない相手を殺しちまったなんてなあ」
「どうも、あいつやヤガミヒメの話だと、昔いた弟ってのは、ナカツクニの村のオオクニヌシらしいんだが、そもそもあいつは、村の長とかじゃなかったよなあ」クマノクスビは遠い目をした。「クマ踊りのうまい陽気なおっさんだったけどさ」
「奥さんだって、スセリだろ。昔はヤガミヒメとつきあってたんかもしんないけど」イクツヒコネも首をかしげる。「誰かとごっちゃにしてんじゃないの、あの、おっさんたち」
「フヌヅヌの町から来たっつってたけど、あそこの王さんも、そんな変な命令出すかあ?」
「まあ、あそこの町は、そういうことにもともと何かとこだわるところで」村の長が酒をつぎながら肩をすくめる。
「そうなんだ?」
「自分らの町が、ずっと正しいことをして来て、まちがったことはしとらんという誇りがあるんですな、あそこのやつらは」別の村人が口をはさんで来た。「おれのかみさんの弟が、昔それでうっかり口をすべらせて、出入り禁止になっちまって商売もできなくなったことがあったもんね」
「タカマガハラと昔からつきあいが深くて、気に入られとかなくちゃいけないって都合もあるらしいけんどよ」
「何年か前にオミヅヌがすぐ近くに別の町をおったてて、タカマガハラと取り引きなじめてからっつうもの、ますます皆がぴりぴりしてんだ」
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村人たちがてんでに語る頭上では、月が明るく光っている。たき火の煙が白くあちこちで上がって、ほろ酔いの皆の顔を煮炊きの炎が赤く照らす。祭りの準備は楽しい催しで、子どもたちまであたりを走り回っている。
「オオゲツヒメさんはどうなされた? あの男と沼に二人で大丈夫かね?」一人が気にする。
「見張りを交代で何人もしっかりつけてっし、もともと、ねらわれたのはあの方じゃないからな、平気ですやすや寝ておられたよ」
「あんたさんが聞いた、その殺された弟の話だけど」老女の一人がクマノクスビに教えた。「昔っから、そんな噂があるんだよ。末の弟を兄弟皆で殺したっちゅう。よみがえらせたおっかさんまで殺しちまったって言うもんもいる。特にオミヅヌは、その噂は本当だって言って新しい町を作ったんだから、このところ何かと争いの種さ。だけど何しろ昔のこったしな。タカマガハラもどっちの言うことが本当か決めかねて、ずるずる両方の町とつきあいつづけてるみたいだな」
「タカマガハラにとっちゃ、今さらどーでもいいんじゃねーの?」イクツヒコネがまぜっかえした。「フヌヅヌたちは名門のつもりか、妙にお高くとまってっけど、たかが草原のはずれのちっぽけな町じゃん。さしあたりヨモツクニを防いで、ちゃんとやってさえいてくれたら、それでいいって感じじゃねーの?」
「ただ、フヌヅヌの町の住人としちゃ、そうも言ってられめえよ。ずっと正しいことして来たっつうのが、あそこの連中の心の支えなんだから」
「それが何となく、草原全体のお手本になってきたみたいなとこもあるしなあ。やっぱ、それが弟殺しをやってたってなると、いろいろ、あれこれ、まずいんじゃねえか」
「だからって、その証拠になりそうなもんを、片っぱしから消しちまおうってする?」イクツヒコネが目を見張る。「んな、無茶な」
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「だよなー」クマノクスビも賛成した。「昔のことなんかどっちみち誰にもわかんねえんだから、ほっときゃいいんだのになあ」
「そりゃそうだけど、あんまりあることをないことにしたり、ないことをあることにしたりしてたら、長い年月の間にゃ、どっかにボロが出てくんじゃねえ?」誰かが言った。「特にあんまり無理をして、町全体で、しっかり話を作り上げちまってると」
「昔は立派な兄弟が何人もいて、いっしょに力を合わせて町を支えていたんだのに、このごろ何だか減って来てるって言うしねえ。やっぱりどっか無理が出てきてんのかもしれねえよ」
「おれは、ヤシマさまが王になったらよかろうと、ずっと思ってたんだがな」一人が言いだした。「めだたないが仕事のできる、おだやかないい方だった。フヌヅヌさまの信頼もあつかったって聞いている。立派な奥方ももらって、お幸せなようだったのに、どうしていなくなってしまわれたんだろう?」
「あの奥方に問題があるのじゃないかね?」女たちの一人がたき火の向こうから身をのり出した。「かんしゃく持ちで口の軽い小娘みたいな変な女って聞いたよ」
「私の聞いたのじゃ、だいぶちがうねえ。機織りがめっぽう上手で、ヤシマさまとはえらく気が合ってたとか言うし」
「私は王になってほしいのはフカブチさまだったな」また別の一人が言った。「ずいぶん早く町を去ってしまわれたようだが、ご様子が立派で、先代の王とまあよく似とられた」
あれやこれやと、人々の話は盛り上がる一方だった。(つづく)