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水の王子・「岬まで」20

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 白い小さな星のように激しい輝きが、いくつも畑の向こうで生まれた。大小さまざまの光が矢のように飛んで来て、押し寄せてきていた影のいくつもが、よろめいてひざをつき、向きを変えた。ウガヤの鳴き声にまじって、どこか遠くの松林の方でかん高い少女の叫び声がした。
 何が起こっているか見定める間もなく、影たちを吹き飛ばす勢いで、大きな鍬を水車のように回して丸っこい小柄な女がタカヒコネの前まで突っこんで来てたちまちふり上げた鍬で影たちの一人の頭をたたきつぶした。
 アメノウズメだ。息も乱さずふり向いて、彼女は小さな光たちの方にどなった。「それ以上、近づくんじゃないよ!」叫びながら、鍬ごとふりまわされるようにぐるっと回転した彼女の刃先が、数人の影をまっぷたつにぶったぎった。砕けて落ちたすきとおった身体を目にして、さすがに彼女も息をとめる。「何これ? マガツミ?」
 手近な二人と切り結びながらタカヒコネがうなずく。影たちの群れを二つに割るようにかけ入って来た若者たちの一団の先頭に立ったアメノサグメがくるりと振り向き、長剣を握った両手を高く上げた。
 「止まれ! 下がれ!」声を限りに彼女は制した。「相手はマガツミ、あんたらの腕じゃ、まとわりつかれて溶かされる! 引け! 村に戻って怪しい者がいないか調べろ! 子どもや年寄りはヌナカワヒメのところに連れて行け! 二人以上で動くんだぞ! 行け、村を守れ!」
 とまどってざわめきながらも、若者や娘たちは言われるままに村の方へと走って散った。サグメは長剣のひとつをウズメに投げ、鍬を放り出したウズメがそれをつかんで、二人はタカヒコネのそばにかけよる。
 「オオクニヌシが灯台に!」タカヒコネがあえいだ。「守らなきゃ!」
 「まだ大丈夫」サグメがそちらを見やって言う。「こいつら何だい、すごい数だが」
 「ねらいはオオクニヌシか。いったい誰が何のために?」
 二人の女は、ツクヨミの店がある反対側の岬をちらと見たが、どちらからともなく、すぐ首をふった。
 「そりゃないわ」
 「今さらね」
 「じゃ誰が?」
 「知るもんか!」
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 「おーい、ありゃ何だ?」客の一人が窓から身をのり出して声を上げた。「昼間っから灯台にがんがん灯りがついてるぞ」
 料理をしていたツクヨミがふりむいて目をこらしながら、鍋を下ろして火をとめる。やはりそちらに目をやっているイワナガヒメを引き寄せて「あとはたのむぞ」と早口に言った。
 「まかしとき」イワナガヒメは夫の肩に手をあてた。「行ってきな」
 「とは言うものの」棚の横から引き出した剣と弓矢を身に着けながらも、ツクヨミは灯台から目をはなさない。「手に余るようなことがあれば、客も店も放っといてとっとと逃げろよ。わかったな?」
 「あいよ」イワナガヒメはうなずく。「承知さ」
 窓辺に押し寄せる客たちをかきわけて入り口に向かいながらツクヨミは「客人! 馬を借りるぞ!」と声をかけざま外にかけ出した。
 「さあさ、皆、しばらくお酒はただ飲みだよ!」ふり向きかけた客たちにイワナガヒメが大声で呼びかけ、たちまちわあっと歓声が上がる。
 店の外につながれた馬の列に目を流すと、中のひときわ大きく強そうな一頭を選んでひらりとまたがったツクヨミは、手綱をにぎってひとあおりすると全速力で砂も草もけちらして一目散に灯台に向かって長い浜辺を疾駆した。
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 墓地を過ぎるあたりから、すでに村中に若者たちが走り回っているのに会った。「何があった?!」と馬上から叫んだツクヨミに一人が「灯台がおそわれた!」と叫んだ。「どっかの兵士の大群に!」
 村人たちはそれぞれの家にたてこもり、子どもや老人を若者たちが囲んでヌナカワヒメの病院のある川上の方へと急いでいる。鳥が飛び立ち、小さいけものたちがおびえて藪から飛び出して走り回り、ウガヤの金切り声がひっきりなしに「みさきまでみさきまでみさきまで!」とわめき続けている。
 ツクヨミは顔をひきしめ、全速力で馬を飛ばした。
 岬の根元に広がる畑にさしかかったあたりで、呼ぶ声がした。ニニギとコトシロヌシだった。「どうなってる!?」と聞きながらツクヨミは馬を飛び降り、勝手に戻って行くにまかせた。
 「マガツミの大群が!」ニニギが告げた。「兵士の姿でおそって来てます!」
 「何だと? あり得ん!」
 「慣れていないと、戦う前にしがみつかれて溶かされる。だからサグメとウズメとタカヒコネだけが戦って、他の者は村を固めている。私も今から岬に行きます」
 「オオクニヌシは!?」
 「姿が見えない。朝、タカヒコネといっしょだったらしいから、灯台の中じゃないかな。火をたかせたのは彼でしょう」
 「ミヅハがスクナビコを連れに行ってる。私も今からそっちに行きます」コトシロヌシが早口に言った。「スクナビコが何か戦う方法を知っているかもしれません」
 うなずいてツクヨミはニニギと畑の方へ走った。
 恐怖に顔をひきつらせた大勢の村人たちが、うねの間にひざまずいたり立ったりして手に手に小さな鏡のかけらをかかげながら、マガツミたちの群れに光をあて続けている。マガツミたちは倒れたり、ひるんだりしているが、次第にこちらにも向かってきていて、村人たちはじわじわ後ずさっていた。
 「こいつら、どこからわいて来てる?」ツクヨミが剣を抜きながら聞いた。
 「海からのようです」慣れた手つきで目の前に来たマガツミを切り飛ばしながらニニギが答える。「ものすごい数ですよ」
 「さっぱりわけがわからんが」ツクヨミはろくに身構えもしないまま、マガツミたちを束にして切り倒した。「とにかくこれではきりがない!」
 ううう、ううう、と荒々しいうなり声が聞こえてニニギが耳をすませた。「イナヒもいるな。タカヒコネはどこだ?」
 うずを巻きながら押し寄せるマガツミたちの中心に、ようやく二人はたどりつき、やや疲れ気味のタカヒコネと、どこやら楽しんでいるような女二人と合流した。「ツクヨミ」とサグメがひやかすように声をかけてきた。「これはあんたのお遊びかい?」
 「知らん」ツクヨミはむっとしたように吐き捨てた。「しかし誰か命令を下している者が、そのへんにいるはずだ。マガツミは自分たちだけでは戦わん。どこかにあやつってるやつがいる」
 「それがあんたじゃなきゃいいが」ウズメもせせら笑う。
 ツクヨミはあざ笑い返して長剣を腰に戻すと、素手で正面のマガツミを数人力まかせに左右にひきさき、ほとばしる血潮の中に、その残骸を宙に投げちらしたから、さすがにどどっとマガツミたちが後ずさった。
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 鏡の光が乱れながらも小さく無数にきらめき続ける遠いうねの上に、ようやく見慣れた金色の衣とわずかに白髪が一房残ったはげ頭の小さな姿があらわれた。ミヅハらしい女の子が何かしきりに叫びながら、その手を引いたり腰を押したりしているのがわかる。
 「またかい、もうあの出しゃばり娘!」サグメがののしった。「すっこんでいりゃいいのに、何があっても知らんから!」
 ツクヨミにおびえたマガツミたちが村人たちの方に移動して行く。算を乱して鏡を手にした村人たちが逃げまどう。もう足元の、目の前までせまって来ているマガツミたちの大群に特にあわてる様子もなくスクナビコは、かくしから取り出した袋の中の、柿色がかった白い粉をつかみ出し、空中高く、ぱっとまいた。
 風があるとも思えなかったのに、粉はたちまち七色に変化しながら空一面に薄く広がり、ふわふわ地上に落ちて行く。声とも聞こえぬ奇妙な音のような叫びが、すさまじくつんざくように虚空をみたし、人々はツクヨミまでもが、思わず両手で耳をおおった。兵士たちの姿もそうでない者も、マガツミたちはすべて一度に地上にくずれて溶けて流れて地上をおおう大きなとろとろとした白っぽい水たまりになってしまった。
 「ひゃあっ!」さすがにニニギが声を上げ、皆呆然とあたりを見回す。灯台の周囲や崖のあたりにわずかに残ったマガツミの群れも、ためらいながら引き返したり、じわじわと散らばったり、かくれようとしたりしはじめている。
 コトシロヌシがうねを飛び越え、かけよって来た。「大丈夫ですか?!」
 「まだだ。とどめをさせ」ツクヨミがあたりを指さす。「できたらいくつかつかまえて来い。あやつっている人間が村のどこかにいるはずだ。ずたずたにしてでも聞き出してやる」
 「あやつっている人間?」コトシロヌシが聞きとがめる。
 「そうだ。見慣れない、怪しい者はいないか? ここのところ村に来て住み着いた者の中で」
 コトシロヌシの目が鋭くなった。「あいつだな!」
 「わかるのか?」
 「多分。誰かいっしょに来て下さい」彼はきびすを返すとまっすぐ村の方に向かった。
 ついて行こうとしかけてツクヨミがふとふり向いた。「タカヒコネ。さっさと休め。灯台の中に入って。そこで倒れたら、マガツミのたまりに溶かされちまうぞ」
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 「大きなお世話だ」ツクヨミの背中に向かって言ったが、タカヒコネはふらついてニニギの支える腕にすがった。
 「ツクヨミの言うとおりだ。休んだ方がいいよ」
 「あいつがつまらんこと言うから、どっと疲れが出たんだよ」
 「君は大丈夫なんだろうけどね、イナヒの手当てをしてやった方がいいぜ。どっかあっちでのびてたから」
 ニニギにしては気の利いた忠告だった。タカヒコネは顔色を変えて飛び上がり、「どこ!?」と叫んでニニギの指さす方へと走った。そして、うねの間にひっくりかえって白目をむいているイナヒを見ると、「イナヒ、おい」と呼びかけながら血に染まった毛皮をそっとなでた。
 スクナビコがぜいぜい息を切らしながら、のそのそとうねの間をやってきた。タカヒコネの前でひと休みするかのようにしゃがみこみ、「やれやれ、久しぶりに走ったわい」と頭をさすった。「おまえさんも何とか無事じゃったようじゃな」
 「スクナビコ、イナヒが…」
 「どれどれ。おお、すっかり重くなっとる」スクナビコはタカヒコネがさしだすイナヒを抱きとった。「こりゃ、新しいいい帽子になるぞ。寒くなるからちょうどいいのう」
 「しめ殺してやる」タカヒコネは歯をくいしばった。
 「あわてるな。息をしとるのがわからんのかい。血もおおかたは敵のものじゃよ。へたって疲れておるだけじゃ。寝とれば治る。おまえさんもな」
 灯台のとびらが開いて、歩みだして来たオオクニヌシが、ウズメたちと何かしゃべっている。村人たちもおっかなびっくり、そろそろとこちらにやって来ていた。「足元に気をつけて下さい」とニニギが注意している。「こいつら、多分まだ生きてますから」(つづく)

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