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水の王子・「岬まで」26

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 「ウカノミタマって人のことを父上はまだ全然話してくれてませんよね」コトシロヌシが言った。「彼はどういう人だったんです?」
 「さしあたりフカブチは彼のことが大嫌いだったな。今もそうだが」オオクニヌシは言った。「他の兄弟たちの間でも、とにかく頭がよくてずるくて、何を考えているのかわからない、信用できないと評判だったよ」
 「父さんはどうだったんです?」
 「それがなあ…」オオクニヌシは少し困った顔をした。「私はそうでもなかったんだ。ひょっとしたらフカブチの次ぐらいに彼にひかれていたかもしれない。フヌヅヌたちとちがって、とにかく彼は退屈じゃなかった。しょうもない遊びを考えついたり、新しいおもちゃを作ったりしては失敗したりいたし、もちろんそれを全部人のせいにはしていたが、何しろわかりやすかったし。第一、ずるいと評判が立ってしまうようでは大してずるいとは言えんだろ」
 「そんなもんかな」
 「何より私が彼を好きだったのは、タカマガハラの悪口を平気で言っていたことだよ。他の兄弟はかたちだけでも心からでも、とにかく絶対タカマガハラが正しいと信じきってたし疑ってもいなかった。そもそも父がそうだった。母は…さあどうだったろうな。今ちょっと思い出せない」
 「ウカノミタマはそうじゃなかった?」
 「うん、明らかにちがっていたね。かげではいつもタカマガハラの冗談や悪口を言っていた。もちろん、父の前では神妙にしてそんな気配はおくびにも出さなかったが」
 オオクニヌシはちょっと眉をひそめた。
 「そう言えば彼は私によく言ったな。気をつけろ。ねたまれでるぞ。ねらわれてるぞ。油断するなよ。それなりの親切心か何かこんたんがあったかはわからないが、私が兄弟たちにどこかいつも心を開けず用心するようになっていたのは、今思えば、あのささやきのせいもあったかな」
 「めちゃくちゃ悪いやつじゃないですか」コトシロヌシが笑った。
 「そうかもしれない」オオクニヌシは少しきまりが悪そうだった。「まあそのころは私も子どもだったしな」
 「それじゃオミヅヌをけしかけて、別の町を作らせたのも、ウカノミタマのしたことなのでは?」
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 「フカブチはそう言っていた。たしかに、あり得ることだと思う。だが、ウカノは大胆で思い切ったことをするが、自分が名声や地位を得ようとするんじゃない。かげで糸を引くのが好きなんだ。誰かのためというのでもなく、とにかく人を利用する。時にはそれで、いろんなものを救ってしまうこともある」
 「よくわからないんですが、たとえば?」
 「ウカノの考えは時に途方もないし、人の幸せなんか考えてないから、ついて行くのに骨が折れるんだがね」オオクニヌシは言った。「もしかして彼の立場に私がいたら、結局は似たようなことをするしかなかったかもしれない」
 「と言いますと?」
 「考えてみろ。オオトシ、フカブチ、ヤシマなど、人望も能力もあり仕事もできた者たちが次々に去って行き、私を殺したことにふれたくないから残った者たちの間でも心をうちわった相談ができない。タカマガハラに見限られたらおしまいだから、とりあえず私の死んだのは事故で、よみがえったのは怪物でそれを退治したという伝説を作って死守したが、ツドヘがことにふれては真実をばらそうとするし、口をふさごうにもこれ以上兄弟を殺すともっとまずいことになる。タカマガハラはヨモツクニへのとりでとして、今のところは町を大事にしているが、時と場合によっちゃ、このことをとがめだてして、あっという間に町をほろぼす。だから伝説を守り続ける一方で、それを否定する町も作った。タカマガハラが追求して来たときの逃げ道と目くらましに。同時にツドヘがこれ以上追いつめられて、ひどい目にあわないようにする。突飛すぎるし不自然だが、一番するべきことをしないでおかしな工夫をしようとするのが、いかにもウカノっぽい気がするんだ。まともな方法から目をそらすなら、あの町が生きのびるには当面それしか方法がない」
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 「じゃオミヅヌとフヌヅヌは、相談づくで対決しているふりをしてるんですか?」
 「そこはウカノの判断次第でよくわからんが、どっちにしても最終的には戦う気なんかないよ、おたがいに。そんな度胸があの二人にあるもんか」
 「父上、お二人をとことんバカにしてますね」
 「そう聞こえるか? ほめてるんだぞ。二人とも大きな望みや深い信念は持ってないが、その分いつも現実的で健全だ」
 「何とでも言ってらして下さい」
 「おまえたちだって、村を守ろうともしも思っているんなら、このくらいのことは考えていてもらわないと困る」
 「さっきからそれで寒気がしてるんですが」
 「私も熱いお茶が飲みたくなったし、一服しよう」
 「天気もよくなりそうですしね」
 三人が窓に目をやると、マガツミのクシマトは先ほどからの複雑な話について行けなくなったのか退屈したのか、すきとおった全面に散らばった目のいくつかは、まぶたをとじて眠り始めていた。
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 「もしかしたらウカノや二つの町にとっては」新しい茶をつぎながらタカヒコネが言う。「ヨモツクニとタカマガハラの戦いが終わってしまったことは、かなり計算違いだったんじゃないかな」
 「そうかもしれない」オオクニヌシがうなずいた。「もともとそんなに気にして大事にしていたわけではない上に、ヨモツクニが敵でなくなったから、タカマガハラのあの町への関心は次第に薄れた。これまで何ひとつ誤ったことはしていないという伝説がフヌズヌ一族のよりどころだが、今は何しろマガツミを兵士として使っているぐらいだから、もしこのことが知られたら、タカマガハラは町をどうするかわからない。だからこそ、伝説は守り抜かなければならなかったし、それを危うくするような事実は絶対に消してしまわなければならなかった」(つづく)

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カツジ猫