水の王子・「岬まで」27
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「父上たちはどうやって、フヌヅヌたちとの話し合いをつけようと計画しておられたのですか」コトシロヌシが尋ねる。
「こちらから出す条件は簡単だった」オオクニヌシは言った。「フヌヅヌには以下のことを告げることにしていた。私はオオクニヌシであってオオナムチではない。フヌヅヌ一族とは何の関係もない。そのように宣言し、その噂を草原に流す。ツドヘやフテミミはこちらで引き取り、彼らにも同じことを言うと約束させる。要するに二つの町とは今後いっさい関わりを持たないから、そちらも放っておいてほしい。助けてほしいことがあれば相談には乗る。ただし、もしもそちらがこの申し出を受け入れず、攻撃を続けるようなら、タカマガハラに真実のすべてを告げる。草原にもその話を広める。海では海賊の力を借りて、船をこの町とは取り引きさせない。更に、あらゆる方法を使って、マガツミたちを兵士として使うことをさまたげる。これが、こちらの要求だった」
二人の若者は、それぞれにしばらく考えこんでいた。「悪くないと思います」やがてコトシロヌシが顔を上げて言い、タカヒコネもうなずいた。「王宮にはどうやって入ったのですか?」
「これはクエビコがいるから苦労しなかった。門番に案内させて中に入らせるぐらいのことなら、フカブチもクエビコの能力を使うことにためらいはなかった。私たち四人、つまりサルタヒコとクエビコとフカブチと私は、商人風の姿になって王宮の門前に行き、出て来た家来たちに向かって、『おまえたちは、私たちを中に入れる』『謁見の間に通す』とクエビコに言わせ、家臣も家来もそのとおりにした。私たちは謁見の間に入り、そこにいたフヌヅヌと向かい合った」
オオクニヌシは吐息をついた。
「ただ、あの時私たちは『フヌヅヌの前に立ちたい』と言うべきだった。王宮の前で、ひょっとしたら船の中から。だが、クエビコのことばが、どのくらいの範囲で効力を発揮するか私たちには確信がなかった。小出しに確実に使って行きたかったのだ。それが、とりかえしのつかない事態を招いてしまった」
「何かまずかったのですか?」
「ああ、非常にまずかった」
オオクニヌシは暗い顔になって考えに沈み、タカヒコネが「フヌヅヌはどうでした?」と聞いた。「昔と変わっていましたか?」
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「どうかな」オオクニヌシはどこか上の空の調子で答えた。「彼はただ呆然としていた。無理もないとは思ったが。私が口を開いてあいさつすると、私から目をそらし、うろたえた様子で、どこか悲しそうでもあった。こちらの要求を述べても何の反応もしないから、聞いていたのかと心配になった。すっきりと飾りのない、重々しい部屋の中で、彼はまるで生命のない置き物のように見えたんだ。やがて、せきばらいして彼は思いがけない申し出をした。オミヅヌとウカノミタマをこちらに呼んで、いっしょに話を聞かせたい、と言うのだ」
「何ですって?」
「どういうことだ、やはり彼らは本当は対立してなどいなかったのですか?」
「その可能性は大いにあったし、実はこちらも、二人いっしょに話ができたらその方がいいと思っていた。だから承知して、彼が家来を呼んで、至急の用があるからと、二人を呼びつけるのを見守った。まもなくオミヅヌがウカノをつれてやって来た。従えていた家来は外に待たせて、私たちは輪になって椅子に座った。あちらは三人、こちらは四人。奇妙な顔合わせだったな。何やら夢を見ているようだった」オオクニヌシは額をぬぐった。「何かひどく不思議な、いやな夢をな」(つづく)