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水の王子・「岬まで」28

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 外は曇って来たのだろうか。また雪がふるのかもしれない。
 それだけではなく、どこか無気味な落ち着かない空気があたりにただよいはじめているようだった。クシマトの表面の目が、あちこちに、うろうろとすべるように動く。オオクニヌシの表情も暗く、こわばっているようだった。
 「オミヅヌは、どんな風でした?」コトシロヌシが、そんな空気をふりはらうように、つとめて普通の調子で聞いた。
 「あいかわらず派手ななりで、しぐさも気どって大げさだったが」オオクニヌシは口ごもった。「フヌヅヌと同様、私やフカブチを見てもどことなく反応が鈍かった。ひきつったような変な笑い方をして、まごついて、とまどっていた。オミヅヌにしては珍しい。しかし、それよりもウカノだ。まるで彼とは思えなかった。あわてふためき、しどろもどろで、汗をだらだら流しながら、今日のところは、ここのところは引き取ってくれと私たちに頼むのだ。それこそ両手をもみしぼらんばかりにして」
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 「何かまた、たくらんでいたんですかね?」コトシロヌシが首をかしげる。「何かのお芝居とか?」
 オオクニヌシは首をふった。
 「これでもウカノは知っている。彼はあの時、真剣で、必死だった。作ったおもちゃがこわれて行くのを見ているしかない顔というか。フカブチは嫌悪で眉をひそめていたが、私はそれより恐くなった。ウカノは泡を吹かんばかりにして立ったり座ったり、両手を振り回したりしている。それに気をとられて、私たち四人はつい彼ばかり見ていた。目の端に何か光るものを見た気がしてふり向くと、間一髪、フヌズヌの剣の切っ先が私の肩先をかすめて、身体をかわすとオミヅヌがやはり剣を抜いている。あまりにも突然のことで、何の対応もしようがなかった。謁見の間に入る前に武器はおいて来たから、私たちは誰も何も持ってはいない。ウカノはますます半狂乱になって、手をふり回して何か叫び、逃げろ逃げろと私たちに向かってわめく」
 「いったい何が…」
 「オミヅヌが外に向かって何か叫び、フヌヅヌも奥のとびらを開けて人を呼んだ。たちまち武装した一団の兵士に私たちは取り囲まれた。ウカノは扉が開いたときに兵士たちと入れ替わりに外に飛び出し、そのまま逃げて行ってしまった。私たち四人は白刃をつきつけられたまま、部屋のまん中に棒立ちだ。フヌヅヌが『殺せ!』と叫んで私にとびかかり、オミヅヌといっしょになって私を椅子に押し倒した」
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 二人の若者の顔から血の気が引いている。とりあえずオオクニヌシの腕をつかんで、その暖かさと手触りで生きているのを実感してひとまずほっとしているらしいタカヒコネに比べると、ものごとの次第をつかめないのが許せないコトシロヌシの方がおびえた顔になっていた。「どういうことです?」と、ささやくように彼は聞いた。「いったい何がどうなったんです?」
 「わかるものかね」苦々しげにオオクニヌシがつぶやいた。「だがとにかく私を押さえつけている二人の力は思ったよりも弱かったから、身体をよじって私は逃れた。その直後に二人の剣がぐっさりと、私のいた椅子の上に突き刺さった。その時フカブチが叫ぶ声がした。『クエビコ、フヌヅヌとオミヅヌがこの世から消えてなくなると言え!すぐに言え!』クエビコは一瞬ためらったようだが、従った。どもりながら彼は叫んだ。『フヌヅヌとオミヅヌはこの世から消える!』」
 「それは、だが…」
 「フカブチはそれを聞くなり、全身の力が抜けたように、がっくり床にくずおれてしまった。彼が絶対クエビコに言わせないようにしていた種類のことばを、言わせてしまったのだからな。死人のように青ざめて、ぐったりして、あんな彼など見たことがない」
 「それはやっぱり目の前で、兄二人が消えたのを見たのですから」
 「消えなかったのだよ」オオクニヌシは疲れた声で言った。
 「何が? 誰が?」
 「フカブチは顔をおおってしまっていたから気づかなかったんだろうが、フヌヅヌもオミヅヌも、ぽかんとして、そのままそこにいたんだよ」
 「え、それって、それじゃやっぱり、クエビコの予言の力はあまり大きなことだったら効かなくなってたってことですか?」
 「そうだったならよかったんだが」オオクニヌシはぽっつり言った。
 「待って下さい、お願いだ」コトシロヌシが音を上げた。「後生ですからどういうことか、わかるように話して下さい」
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 オオクニヌシは重いため息をついた。
 「サルタヒコがいてくれてよかった。クエビコはフカブチを介抱するのに夢中だったし、私は恥ずかしながらただ呆然としびれたように動けなかった。だがサルタヒコは一瞬きょろきょろあたりを見てから、いきなりわれがねのような声で叫んだんだよ。『おまえら二人ともフヌヅヌでもオミヅヌでもねえな!?』そして二人に飛びかかってなぐり倒し、あっけなく二人は床に転がった。恐れをなして後ずさった兵士たちの数名を、あっという間にたたきのめして武器を奪ったサルタヒコは、私たちにそれを投げてよこしながら、『てめえら皆マガツミか!?』とどなりつけ、フヌヅヌとオミヅヌをふんづけて武器をけとばし、剣をつきつけて命令した。『言え、本物の二人はどこだ!?』」
 「ああ、まさか…」コトシロヌシが悲鳴をあげた。「そんな、まさか、そんな」
 「そうだとも、そのまさかだ。ようやく身体を起こして一部始終を見たフカブチが、打ちのめされた声で言ったんだよ。『サルタヒコ。もう本物の二人はこの世のどこにもいない』」(つづく)

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カツジ猫