水の王子・「川も」1
第一章 今夜の宿は
峠の上でハヤオとヒルコはひと休みした。秋晴れのいい天気だった。背後には高く山がそびえ、眼下には色づいた木々が重なっていた。谷の底には村が見えた。昨日二人が旅立って来たと同じぐらいの小さな村だった。
ゆうべ泊めてもらった家の女主人が作ってくれた握り飯を二人は袋から出して食べた。
「うまいなあ」ハヤオが満足してため息をついた。「稲束を納屋に運んでやったぐらいで、こんな弁当まで作ってくれるなんて」
「困ってたんだよ。だんなさんが足折って動けなくなってたから」
ヒルコは握り飯の最後のひと口をほおばり、竹筒の水を飲んだ。
「今夜はあそこの村に行ってみる?」
「雨は降りそうにないし、野宿したっていいけどな。鳥やウサギぐらいはとれるだろうし」
「野宿はもうやだ、寒くなったし」ヒルコは言った。「ふとんや毛皮なんてぜいたくは言わないけど、せめて乾いた干し草の中ぐらいで寝たい。ちゃんとした屋根のあるとこで。納屋で山羊とか牛とかといっしょに寝られたら、もっといいかもしれないな」
「おまえがいつも、そんなぺらぺらの白い衣なんか着てるからだろ、寒いのは」ハヤオは言ってやった。「悪いこと言わないから、どっかで毛皮の上着を一枚手に入れようや。それを上から着るだけでも、ほんとにずいぶんちがうんだから」
「寒いのは服のせいじゃないよ。この白い布がどんなにあったかいかハヤオ知らないんだろ。着てみたこともないくせに」
「あるよ。思い出したくもないけどな」
いつだっけと思い出そうとするように、ヒルコはちょっと眉をよせ、忘れてられるのかとハヤオはあきれながらも、その方がいいやとすぐに話をかえた。「まあ、おまえがそう言うんなら今夜はあの村だな。家も大きいのが多いし、納屋ぐらいならきっと泊めてくれるだろ」
「うん」ヒルコはうなずいた。「おとなしい山羊とかがいるといいな」(つづく)