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水の王子・「川も」2

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 「めええええ」ハヤオはヒルコにからみつきながら、小声で山羊の鳴きまねをした。
 ヒルコは笑って押し返しながら、ささやいた。「まあまあだったね」
 「まあまあだって? 上々すぎるじゃないか。夕ごはんをごちそうになった上に、納屋どころか、ちゃんとした家ん中の、こんなふかふかの寝床に寝せてもらって」
 「本当に何年ぶりだろうね、こんなに立派なふとんに寝るなんて」ヒルコはうっとりと、ため息をついた。
 「いいことずくめで何だか恐いな」ハヤオは言った。「だいたい、こんな小さな村に、こんな立派なお屋敷があるなんて、いったいどうなってるんだろ」
 「立派なお屋敷にはちがいないけど、何かごてごてしてるよね」ヒルコが小声で悪口を言った。「ご主人も奥さんも悪い人じゃなさそうだけど」
 「ごてごてしてるって、おまえの森の中の小屋の方がよっぽどいろんなものが、ごちゃごちゃしてるじゃないか」
 「あれはただ散らかってるだけだもん」ヒルコは怒った様子もなく、本当にそう思いこんでいるように、のんびり言い返した。
 「いつか片づけて、居心地よくしようって気があんのか、おまえ?」
 「うーん、ない」ヒルコは首をふった。「居心地なら、今もいいもん」
 「…ったく」
 「それより、そんなこと言うならハヤオは?」
 「おれが、何?」
 「自分の住むとこなくても平気?」
 「ちゃんと住んでるじゃん」
 「森ではナキサワメとオオヤマツミの家、村では灯台かオオクニヌシの家、それか旅ばっかり」
 「村じゃ以前におまえと木の中に住んでたじゃないか」
 「ああ、あれね!」ヒルコは喜んだ。「あそこ、楽しかったねえ。キノマタたちに追い出されたけど」
 「それでも、あれは、おれたちの家だった。そうだな、今度、村に帰ったら、またああいうとこ、さがしてもいいな」
 「やっぱり木の上?」
 「おまえはどうなの?」
 「そうだなあ」ヒルコは枕に頭を埋めた。「やっぱりそうかな。高い枝の上で、海も見えるところ…って。でもそんなとこ、もう村にはないよね。山が崩れて森もなくなってしまったし、タカマガハラから持って来て植えた木は、皆まだ小さくて、ひょろひょろしてるし」
 「大きくなっても、上に人が住めるって感じにはならないんじゃないかな」ハヤオは言った。「タカマガハラには行ったこともないし、遠くからちらと見たっきりで、よく知らないけど、あそこの連中、何だか皆、木の上とかには住みそうもないぞ」
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 「そう言えばウズメもサグメも、よくあんなとこに住めるよねって、いつか言ってた。別々のときに同じことをさ」
 「ああ。仲が悪いし気が合わないのに、そこはしっかり一致してるのが何だかおかしかったっけ」
 「コトシロヌシはちょっとうらやましそうじゃなかった?」
 「何度か泊まりに来てたしな。そりゃまあ、あれだけ鳥が好きなんだから」
 「ワカヒコとタカヒコネもよく来てたけど。でもあれは住んでみたいって感じじゃなかったな。木登りするのを面白がってただけで。ニニギもあんまり興味はなかったようだし。そう思ったら、キノマタが僕たちからあの木をとり上げたっていうのは、やっぱりあそこが好きだったのかな」
 「そいつはどうだろ。あの木に住みたいっていうよりも、おれとおまえの持ってるものをとり上げたかっただけじゃないのか?」
 「そっか、そうかもね。その内に仲間が増えたら、あっさりあの木を手放して、みっともない大きな神殿を浜辺にでかでか作ろうとしたし…あれ!?」
 ヒルコは急に寝床の上に半身起こした。
 「どうしたどうした」そろそろうとうとしかけていたハヤオは、寝ぼけまなこでふとんを引き寄せた。「何をそんなにびっくりしてる?」
 「うん、ただちょっと思い出して…って言うか、気がついて、ええと、そんなんでもなくて」
 「おいおい、落ち着けよ」ハヤオはあきれた。(つづく)

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カツジ猫