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水の王子・「川も」11

第六章 村の子どもたち

季節は秋から冬に移り、村のあちこちに今度は深い紅色の花が咲き乱れた。乾かしてつぶして粉にして餅にしたらおいしいのだと、子どもたちは教えてくれた。彼らがヒルコとハヤオにつきまとうのは、屋敷の客だということ以外に別の理由もあるらしかった。
 「魚、どうやって取るの?」二人がとがった竹で、ねらいすまして川の魚を突き刺して引き上げるのを見て、子どもたちは知りたがった。二人が小さい矢で鳥を射落とすに目を丸くし、何人かは弓の射方を教えてくれと真剣に頼んだ。
 「そんなことして何すんの?」ヒルコが笑いながら聞いた。「僕たちの泊まってるうちは貧しいから食べ物がいるんだよ。君たちんちは皆、畑でいろんなものがたくさんできるし、ニワトリとかも飼ってるじゃないか」
 「それよかな、川の魚を取る時は、取りすぎないように気をつけろよ」ハヤオは教えた。「ここには池はないようだけど、川だの池だのは、それぞれ持ち主がいるかもしれないから、あんまり派手に取ってると持ち主から怒られるぞ」
 「川に持ち主なんかないもん」子どもたちは言いつのった。「僕たち、旅に出たいいんだ」
 「その時のために魚や鳥の取り方とか知っときたいんだ」別の子も熱心に言う。
 「この村は見たとこそんなに貧しくもないし」ヒルコが言った。「別に出て行かなくってもいいんじゃないか?」
 「だから、つまんないのよ」女の子の一人が口をとがらせた。「ここってほんとに、何にも変わらないんだもん」
 「退屈だよな」別の子も言った。「もっと広い世界を見たい。自分の力を試したい」
     ※
 「そう、ここで死ぬまで年取るなんていやよ!」女の子の一人が叫んだ。「思っただけで、ぞっとする!」
 「大きな木がないからつまんない」別の子がぼそっと言った。「朝から晩まで、お日さまに照らされっぱなしで、いつも見張られてるようで、何だかちっとも落ち着かない」
 「そのかわり、次々にきれいな花が咲くじゃないか」
 ハヤオが言うと数人がバカにしたように笑った。
 「何だか目まぐるしすぎるんだ、あの花だって」別の子が言った。「もっとずっと一年中変わらない、同じ景色のとこに住んでみたい」
 「雪だけとか」
 「砂だけとか」
 「君たちが何を言いたいのか、よくわかんないんだけど」ヒルコが言った。「旅だってそこそこ退屈だし変わりばえしないよ。山があったり海があったり村があったりするだけで」
 「だけど景色がきれいでしょ?」
 「何日も雨にふられてびしょびしょになってごらんよ、景色なんてどうでもよくなる」ハヤオも笑った。
 「いろんな人に会えるでしょ? えらい人とか、面白い人とか、きれいな人とか」
 「いやなやつとか、つまんないやつとか、汚いやつとか危ないやつとかに死ぬほどたくさん会ったあとに、ほんの一人か二人にね」ヒルコはおどかした。「それだってよっぽど運がよかったらの話だけどね」
     ※
 子どもたちはちょっとざわついたが、すぐまた口々に何かをきゃあきゃあ言い出した。
 「大きな町に行きたいんだよ」
 「海っていうのを見てみたい」
 「狩りのしかたなんか、おれたちじゃなくても、誰かもっと大人にきちんと教えてもらえ」そろそろうるさくなったハヤオが言った。
 「大人は狩りなんか下手だよ。それに忙しくって、相手なんかしてくんない」
 「皆、仕事が忙しいんだ。朝から晩まで働いててさ」
 「じゃ君たちも手伝えば?」
 「つまんないもん、面白くない仕事ばっかで」
 「やってごらんになったんですか?」ヒルコが皮肉っぽく聞いた。その意地悪を絵に描いたような口調は子どもたちにもしっかり伝わったはずなのに、彼らはきゃっきゃっとはしゃいで喜んだ。
 「やってみてない」
 「やらなくたってわかる」
 「やってみたけど、つまんなかった」
 「やってないけど、見てるだけでつまんなさそうだった」
 「つまんないって、大人たちもやってて自分で言ってるもん」
 「はいはい、だけどおれらはね、そろそろまた、そのつまんない仕事をしに行かなくちゃなんないの」ハヤオは子どもたちのぴいちくしゃべり続けるのを、手をふってさえぎった。「じゃまた明日ね」
 「えー!?」子どもたちはそろって大声をあげた。
     ※
 取った魚を笹に通してぶら下げて行って、モモソに渡してから、二人はツマツが耕している畑の方へ歩いて行った。「そう言えば、この村、若い男や女がいないなあ」ハヤオが言った。
 「目立たないだけで、そこそこいるよ」ヒルコが訂正した。「お屋敷とか、大きな家で下働きをしてるんじゃない? 僕たちがごはんもらってる家にも、掃除や料理や給仕をしてる若い人たちがけっこういたじゃない」
 「それにしたって、少なくないか?」
 「あの子たちが言ってたみたいに、どんどん旅に出ちゃうのかもね。火の起こし方も野宿のしかたも知らないまんまで、のこのこ山に入ってって、けもののエサになっちゃうとかさ」
 「この村が退屈とか、目まぐるしくって落ち着かないとか、結局どっちにしたって不満なんだよ」
 「なのに、町とか海とか砂や雪だけの世界とか、いろんなことは知ってるから、旅人はそこそこ来るのかな」
 「おれらが、ここに来てからの数か月はさっぱり誰も来ないけど、昔は来てたのかもしれないな。だって、あの子たちと来たら全然人見知りしないし、よそものには慣れてる感じだし」
 「僕もそう思ってたけど、逆かもよ。よそものをあまり見たことないから、恐いもの知らずってこともある」
 「そっちかな」
 「人を知らない場所の魚やウサギやリスは、つかまえ放題じゃない? あれと同じでさ」(つづく)

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カツジ猫