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水の王子・「川も」15

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 モモソはもらった針を喜び、小さな灯りの下で夜遅くまで、せっせとつくろいものをした。「あの口のうまい男のことは、そんなに悪くは思ってないのよ、私は」と、手を動かしながら彼女はツマツと二人の少年に話した。「あの人も、もう一人も、自分の子どもたちのことをそれはもう、わけへだてなく夢中でかわいがってくれたもの。だから皆も満足したし救われたし、今でもこの村じゃ、身体に目や口が余分についていても、指や耳や手足がなかったり、それ以外のいろんな普通でないかっこうをしていても、そんな子どもたちを、いやがったり、恐がったり、哀れんだりする者なんか一人もいない。大切にしてかわいがる。亡くなった夫もそのことはとても喜んで、あの二人にいつも感謝していたわ」
 「木を切っちゃった、もう一人の男のことも?」ハヤオは聞いた。「おかげで川もこのあたりには流れて来なくなっちゃったんだろ?」
 「ああ、だってね、もともと近くを流れたことがなかったのよ」モモソはあっさり言ってのけた。「たしかに貧しい暮らしだけど、何とかやって行けてるし、そんなに不満というほどのことはないわ」
 「木の切り株はまだ村のあちこちに残っているのよ」ツマツが母を手伝って、布をそろえながら言った。「草に埋もれているからわかりにくいけど。枯れきっているのもあるけど、中には毎年ひこばえみたいな小さい芽を出すものもある。あれがそのまま育ったら、ひょっとしたらまた木になるかもしれないのよね。でも、いつの間にか誰かが皆、芽をむしってしまうのよ」
 「それは『もっと光を!』とか今でも言って回ってる人たちかい?」
 「ちがうと思うわ」ツマツは声を上げて笑った。「あまり知られていないけど、あの芽はとてもおいしいの。甘くて、ふしぎな味がして、一度食べたらやめられないのよ。だから、春になったら、さがして回る人がいるんだわ」
 「時々来る商人も、季節が合えば、あの芽は大変ほしがるみたいね」モモソもうなずいた。「よそに持って行けば、ずいぶんいいものと代えられるみたいよ」
 そのくせツマツもモモソも、自分たちがそれをとって食べようとか商人に渡して何かと代えようとかいう気はどうやらまったくないようだった。
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 「知れば知るほど変な村だよ」ツマツの家の前に、うず高く積もった雪をかきあげながらハヤオがこぼした。「川は動くし、木は育たないし、子どもたちはマガツミみたいな身体になるし、花は咲くけど何が毒かはわからないし、ええと、まだ他にあったっけ?」
 「どこの村だって」ヒルコは柵によりかかり、ざくざく雪を踏んで砕いて遊びながら、額の汗を荒っぽくぬぐった。「じっくり見たら、いろいろこんなもんじゃない? 僕たち今回この村にずいぶん長くいちゃったからさ」
 「そりゃそうかもしれないけど、この村の場合、二人の男がひっかき回した前と後とがちがいすぎるよ」
 「うーん、まあ、それだって、よくあることかもしれないよ。それでほろびちゃった村だってあるんだろうし。何度か見たじゃないか、石の土台ばっかり残ってたけっこう大きな村のあとも。ここはまだ、何とか生き残ってるだけましなのかもしれない」
 雪がまたちらついて来た。どうやらまだ動く気はないらしい黒ずんだ川のかなたに、どっしりかまえている大きめの家は、その中に霞んで見えた。お屋敷ほどではないが、大小さまざまの村の家の中では、やはり立派さが目立つ。モモソや若者が話していた、ときどき来る商人を泊める家だ。「もっと光を!」と唱える主人が住んでいる場所でもあるらしい。
 「あそこにも行ってみたくない?」ヒルコが目をくるくるさせた。
 「屋敷の娘たちは行きたそうだったな。新しい服とか飾り物がほしいんだろう」
 「どういう感じなのかしら」ヒルコは再び雪かきに戻りながら首をかしげた。「ナカツクニの村で、以前コトシロヌシがやってたようなことなのかな? タカマガハラから船が来て、村の作物とか持って行く代わりに、薬とか香料とかをおいて行ったりしてたよね。あんな感じの取り引きなのかな?」
 「うん、まあここにはタカマガハラは来てる気配ないしな。豊かな家なら穀物は余ってるだろうし、花を枯らして干したのや何かも、食べ物の味付けとしちゃ、よそでは人気がありそうな気がするから、商人たちも欲しがるだろうし」
 「代わりにおいて行くのは布とか刃物とか、そんなんかな。お屋敷の奥さんが大切にしてた小物入れの小箱も、そういう取り引きで手に入れたって言ってたしね」
 「そういうこと全部、あの家の主が一人で仕切ってんのかな?」ハヤオは遠くの建物を見つめた。「あくどいことはしてないって、モモソも皆も言ってたが、まあそれでも、もうけはしっかり取ってるんだろうな。だから川が近くにあってもなくても、そこそこぜいたくできてるんだろう」
 「その主人にも会ってみたい」ヒルコは言った。「ツマツに話してみようかな」
 「だめだよ、彼女まるで関心なさそうだった。ほしいものも別にないし、商人なんかに興味はないって」
 「ちぇっ」ヒルコは小さく舌打ちした。「ときどき思うんだけど、彼女もいずれは村の長になるんだったら、村の中や外のいろんなことに、もっと関心持ってもいいって思わない?」
 「だってそんなの、あの若者が言ってるだけだろ。彼女は別にそんなこと考えていそうにもないし」
 「いったい何が楽しくて生きてるのかなあ。いい男じゃないと目もくれないと言ったって、別にそんな相手をさがしたり、つかまえたりしようとしてる風も全然ないしさ」
 「仕事も好きだし母親も好きだし、今んとこはそれで特に不満はないんじゃないか?」
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 「欲がないのにも、ほどがあるよね。いっそもう、ナカツクニの村にでも来ればいいのにな」ヒルコはやけになったのか、無茶なことを言い出した。「ニニギはサクヤひとすじだし、コトシロヌシは鳥しか目に入らないからだめだろうけど、タカヒコネとかワカヒコだったら、あの子のこと何とかしてくれたかもしれないのに」
 「どうだろね。タカヒコネ、わりと面倒くさがりだし、ツマツは自分が気に入ってもせまることなんかしないだろうし、結局おたがい仲のいいけんか友だちで終わっちまいそうなんだよな」
 「そう思うと、ワカヒコが死んじゃったのは惜しいよね」ヒルコが言った。「彼、ツマツが気に入りそうだし、まめで、いろいろ接近してくれそうじゃない?」
 「だけど、ツマツは強引に来られると絶対になびかないぞ」ハヤオは首をふった。「頭いいから計略もすぐ見抜くしな。この前なんか、どっちが、どの鍬使うかで、おれと大げんかしたのを見てもわかるだろ。力づくとか、だまされるとか、絶対許さないに決まってる」
 「そこを気づかせないで自分の思うように相手をあやつるのがワカヒコだろ」
 二人はちょっと黙って考えていてから、たまらなくなって大笑いした。「すごーい」ヒルコがむせながら言った。「タカヒコネとワカヒコの戦いの予想以上に面白いや。きっと壮絶なだましあいと戦いになったよね。考えただけで恐いけど、わくわくする。絶対に見てみたい」
 「だな。それに惜しいよな。あの二人なら理想的な夫婦になって、完璧な村の主になっただろうに」
 「タカヒコ、代役無理かしら? ワカヒコの?」
 「むちゃ言うなー、いくら何でも!」
 二人が身体を折って笑いこけていると、家の中からモモソが楽しそうに「何がそんなにうれしいの?」と言いながら出て来た。「ツマツはまだ畑から帰らないの? 夕食のおかずがなくって困ってるのよ」
 「雪の下に菜っぱが埋もれてるのかもね」ハヤオが言った。「おれ行って、手伝って来ます!」
 モモソは寒そうに衣をかきあわせながら、「元気でいいわね、私も雪かきしようかしら」と言った。「何か、あったまりそうだし。いいえ、ツマツは大丈夫よ。その内戻ってくるでしょう。それより忘れない内に頼んどきたいことがあるのよ」
 「何ですか?」
 モモソは衣の下から色とりどりの布のかたまりのようなものをひっぱり出した。「これ、この前から作ってた、物入れや小袋なのよ。村の皆がいらないと言ってゆずってくれた古着のきれっぱしで作ったの。商人たちが前にほしがってくれて、また作ってくれと言ってきてたから、あそこの宿に持って行ってほしいのよね。針はお屋敷から新しいのをもらったけど、そろそろ糸も少なくなったし、油も切れかけているし、これと代えてもらえたらと思って」
 「え、すごい」二人はさまざまな色合いがうまく組み合わされた色んなかたちの布細工をうけとって、見とれた。「すぐ持って行くよ」
 「急がなくてもいいわ。雪が溶けるまで商人たちは来ないし。でも、そろそろ村の皆が、交換してほしいものをあの宿に持って行きはじめる頃なのよ。いつもはツマツに頼むんだけど、あなたたちがあそこに行って見たがってるから、代わりに持って行ってもらえばって、あの子が言ったもんだから」
 二人は顔を見合わせて、やられた見抜かれたというように笑った。モモソは「何がおかしいのかうれしいのか知らないけど、あなたたちがそうやって、いっしょに笑いこけているのを聞くと、こっちまで楽しくなって、ひもじいのも忘れるわ」と言った。

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