水の王子・「川も」5
第三章 一番強いのは誰?
「あら、そう? あたしに言わせれば、二人はとても似ていると思うけど」と言って笑ったのは、ニニギの妻のコノハナサクヤだ。どこかはかない危うげな華やかさがあって、村一番の美女と評判が高い。その一方で家を建てたり、服や装身具を見立てたり、さまざまな才能もあって、皆に重宝されていた。
「第一、背の高さがほぼ同じでしょ? 顔の大きさも手足の長さも、首の長さも指の太さも、ええと、それから」
「え、でも中味は?」
「中味はもっとそっくりよ」サクヤはむしろそんなことを聞かれるのがふしぎそうだった。「負けず嫌いで、がまん強い。強いものに負けない、弱いものにやさしい。決めたことは変えない。約束は守る。怒らせると恐い。あとねえ」
「中味以外じゃ?」
「どっちも、けんかが強そうね。すばしっこいし、身のこなしがいいし。弓矢も剣もうまいでしょ。二人で戦ったら、きっといい勝負ね」
「そう言えば、二人で戦ったことないな」ハヤオは気づいて、つぶやいた。「口げんかとかは、よくするけど」
「だいたい僕は、ハヤオが誰かと戦うのも見たことがないや」ヒルコもちょっと驚いたように言った。
「おれは、けっこう戦ってるけど」
「知ってるけど、僕は見たことないかもしれない」
「そっか、そう言えば、おれもそうだな」
「あ、とっくみあいとか競技とか、そういうのなら」
「うん、おれも、おまえの狩りするとことかは見て知ってる」
「どっちにしたって、たがいのことを、弱いなんて思ってないでしょ」
言われてみれば、たしかにハヤオは、ヒルコが誰かや何かを殺したり、こわしたり、泥や血に汚れている姿の印象が妙に記憶に残っている。何だかおかしくなって、つい吹き出してしまった。「うん、たしかにね」と彼は言った。「こいつ、けっこう凶暴だもんな」
するとヒルコも目を伏せて笑った。「ハヤオ、案外、用心深いもんね」
※
それがきっかけで、そのときサクヤと少年たちは、ナカツクニの村の男女の誰彼を思い出して、いったい戦ったら誰が一番強いんだろうという話で盛り上がった。
おおむね、タカマガハラで一流中の一流の戦士としての訓練を受けている者たちの強さは、地上の者とはけたちがいのはずだったが、サクヤは「でも、ばらつきはあるんじゃないかな、いろんな分野で」と首をかしげた。「ニニギは泳ぎはそううまくないもの。水の中での戦いだったら、村の若者たちとあんまり差がない気がする。サルタヒコなんかには負けるかもしれない」
「死んじゃったけど、やっぱり一番ずば抜けてたのは、アメノワカヒコじゃないかしら」ヒルコが言った。「ひょろひょろふわふわのんびりしてて、一見たよりなさそうだったけど、何人もを相手に素手であっさり勝ってたし。それも、すぐそばで見ていても、何をしてるかよくわからないぐらい、あっという間に敵を倒してたもん」
「あれはほんとに、すごかったよね。いつも、くたっと疲れてめんどうくさそうにしてるくせに瞬発力がすごいというか」
「相手に圧迫感とか迫力を、その瞬間まで全然感じさせなかったからね。その点じゃ、アメノウズメも同じかな。無害なちっちゃい女の子に見えるし」
「でも、ウズメは戦いも強いけど、鏡とか、いろんな小道具で強いってとこもあるからなあ」
「アメノサグメはその反対よね。戦う前から、すごみで人を圧倒するから」サクヤが評した。「あれも、武器のひとつかもしれない。ツクヨミもその部類に入るのかしら」
「彼は、でも他にも口はうまいわ、他人に化けるわ、怪しい力は使い倒すわ、何でもありだからなあ」
「こういう風に考えると、何が強さなんだかわからなくなってしまうわよね」サクヤが細い指の手で白いあごを支えて、ほおづえをついた。「オオクニヌシやコトシロヌシだって、戦ったのなんか見たことないけど、あれで案外強いのかもしれない」
「コトシロヌシは戦う気ないよ。オオクニヌシに剣や弓矢も教わってないと言ってたし。そういう気配を感じたら、鳥たちもよりつかないんだって言ってた。でもオオクニヌシは強いんじゃないかな。それこそ、死んだ長男のタケミナカタには、彼が戦い方を教えたんでしょう? そしてタケミナカタは、すぐれた戦士で有名だった」
会ったこともないタケミナカタに、ずっとあこがれて片思いしているサクヤは、彼の名を聞いただけで、うれしそうにほほをかすかに染めた。「そうね。都で親友だったタカヒコネも、そう言ってたわ。彼に剣や弓矢を教えてもらって、それは楽しかったって」
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「あれ? だけどタカヒコネは都でスサノオに育てられてるんだよね?」ハヤオが気にした。「じゃ、そういうのはスサノオに習ったんじゃないの?」
「だよね。そう考えたらすごいよね」ヒルコがうなずいた。「タカヒコネは、タカマガハラの戦い方をスサノオに、地上の戦い方をタケミナカタを通してオオクニヌシに教わったようなもんじゃないか」
「そんなの、混乱しないのかしら」サクヤが心配した。
「だって、都を出た後で、草原で盗賊になって山ほど人を殺したんでしょ」ヒルコが言った。「大丈夫だったんじゃない?」
「それで実戦の経験も積みまくってるし、案外タカヒコネが最強なのかな」
「でも、今は身体がいまいち本調子じゃないし、何よりも、その才能をタカヒコネ自身がうまく使いこなせてないもの」ヒルコが反論した。「自分がいつ思いがけず人を殺してしまうのかって、彼いつも恐がってる。ワカヒコがよくそれで笑ってたよ。思い出したけど、僕それでときどき心配したんだっけ」
「何を?」
「ワカヒコって、ツクヨミほどじゃないけど、わりと、無責任でいたずらっぽいとこあっただろ。タカヒコネをどうかして怒らせて、自分を攻撃させて、どっちが強いか戦ってみたいんじゃないかなって、ときどき見てて思ったんだ」
「うわあ、おいそれ、かなり恐いぞ」ハヤオとサクヤは顔を見合わせ、身ぶるいした。
「やりかねないだろ、ワカヒコなら」
「やりかねないよ。だから恐い。そっか、彼、彼なりに誘惑を押し殺していたのかな」
「彼が死んでいなくなったのはとても悲しいけど」ヒルコは複雑な顔をした。「よく、大人しく死んでくれたなあと、ちょっと思わないでもない。あの人ほんとに予測不能だったもん。そこが魅力的だから、あんなに人気もあったんだろうけど」
※
「タカマガハラのタカヒメが」サクヤが笑いをかみ殺した。「いつか噂を聞かせてくれたのだけど、イザナギの後をついでタカマガハラの次の支配者になるのが誰がいいかって話のとき、指導者の神々たちは、皆ワカヒコかニニギかって、迷って議論したらしいわ。大半はワカヒコだったけど、何考えてるかわからないから、ニニギの方が安心だっていう意見もあったみたい」
「あー、それすごくよくわかる」ヒルコがため息をついた。
「え、そのこと、ニニギに言ったの?」ハヤオが聞きたがる。
「二人に話したわ。二人とも知らなかったらしくて、ものすごく面白がって笑ってた。誰がどっちを選ぼうとしたんだろうって、あれこれ推測して、喜んでいたっけ」
「手のつけようがないね」しかつめらしくハヤオが言った。
「タカヒコネもそうだけど、あの人たち、どうかするとまるで子どもみたいになっちゃうのよね」サクヤもあいづちを打った。