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水の王子・「川も」6

第四章 とってもかわいい女の子

翌朝もいい天気で、出してもらった朝食もおいしかった。薄紫の細かい花びらを散らしたような銀色がかったかゆが、とりわけ味がよく、ヒルコとハヤオがそう言ってほめると、主人夫婦は満足そうに、「君たちはいい時に来たんだ」と言った。「この紫の花が咲くのは、この季節だけなんだよ」と夫が教えると、妻も「外にいっぱい咲いてるから、つんで食べてみるといいわ。生でもとてもおいしいのよ」と言った。
 三人の子どもたちは昼ごろに帰って来た。上の二人が女の子、末の一人が男の子で、一番年上の姉がヒルコたちと同い年ぐらいだった。来客に慣れているのか、三人ははしゃいで喜び、友だちに引き合わせると言って、ヒルコとハヤオを外に連れ出した。
 ゆうべはもう日が暮れかけていたから、よくわからなかったのだが、たしかに薄紫の花があちこちで咲き乱れていた。大きな木などは見当たらず、やわらかな草むらだけが広がっている、明るく静かな村だった。粗末だが、さっぱりとした感じの大小さまざまの家が建ち、たまに大きな立派そうな家がいくつかその中にまじっていた。
 「ねえねえ!」一番年上の女の子がヒルコの衣の袖をひっぱった。色白で卵のようなつるんとした丸顔で、目も眉も口も小ぢんまりと小さくて薄い。やせっぽちで目立たなくて、男の子のように短く切った髪も少なく色が薄い。「あそこの黄色い家が見える? お母さんと二人で住んでるツマツって女の子がいて、すごくかわいいんだけど、会いたくない?」
 「うん、あんなにかわいい子、ちょっといないもんねえ」そばに来ていた妹娘が急いであいづちを打つ。姉より少し顔も身体も大きく、濃く波打った髪と、こぼれそうに大きな目は華やかな感じだが、どことなくぼんやりとして自信がなさそうに見えた。
 末の男の子はまだ小さすぎて、姉たちの話がわからないのか、ただにこにこと笑っている。
 「ふうん、じゃ行こうか」とヒルコが言って、一行はその黄色い壁の家に向かった。
     ※ 
 「すごくもう、きれいな女の子だから、二人ともほんとびっくりしないでね」家に入る前に長女が言った。「夢中になって、あんまりじろじろ見たりしちゃだめよ」
 「うん、気をつけるよ」何だかめんどうくさそうなヒルコの口調に、かすかな冷たさと陽気さがあるようで、ハヤオは少し気になった。
 どことなく、わくわくしているように長女は粗末なとびらをたたき、「おばさん、いる?」と声をかけながら中に入った。ハヤオたちも続いた。
 家の中は薄暗く、明るい外から入るとしばらく何も見えなかった。すっきり片づいていたが家具もこれと言ってなく、貧しそうな住まいだった。髪をくしゃくしゃにした顔色の悪い女が、「いらっしゃい。あれ、お客さん?」とヒルコとハヤオを見て娘たちに言った。
 「うん、ゆうべうちに泊まったの。二人で旅をしてるんだって」
 そう言いながら二人の娘は、横目でヒルコたちをちらちら見ている。ハヤオは小屋の中を見回して、へやのすみで黙ってわら束を束ねている、ずんぐり太った少女を見つけた。
 少女も顔を上げてこちらを見た。立ち上がって一礼する。短く切りそろえたおかっぱ頭、平べったい平凡な顔は、どこと言ってめだったところはない。
 ハヤオの頭の中でまだ何も考えがまとまらない内に、ヒルコが澄んだ明るい声をかけた。
 「あなたがツマツヒメ?」
 「そうです」ぶっきらぼうだが、はっきりと少女は答えた。「いらっしゃい」
     ※
 ヒルコはすべるようななめらかに優雅な足どりで、まっすぐツマツに歩みよった。「会えてとってもうれしいな。僕はヒルコ、こっちはハヤオ」
 「遊べるといいけど、あたし今仕事中だから」
 「そのわら束をまとめるの? 僕もいっしょにやりたいな。おばさん、手伝ってもいいですか?」
 「あら、あの、でも、おたくたち、そんなことできるの?」女は髪をかきあげながら、とまどったように二人を見た。「二人とも、いいとこの出みたいだけど」
 「畑仕事は得意です。何でもやります、ね、ハヤオ?」ヒルコはてきぱき言いながら、床からひろったわらをねじって、さらさら長い髪を首すじできゅっと縛り、白い衣の袖を器用にたくしあげて帯にはさんだ。
 ハヤオもうなずく。ヒルコは何だか浮かれていて、こうなったらもう、合わせておくのが一番無難とわかっていた。「ああ、得意さ」と答えながら彼も毛皮の上着を脱いだ。「薪割りだって水くみだって、何でもござれだ」
 ツマツは黙ってまたしゃがみこみ、仕事に戻った。
 そこで初めてヒルコがふり向く。あれ、君たちまだそこにいたの?というように二人の娘と男の子を見るまなざしは、世にも無邪気そうなくせして、かすかに鋭く冷ややかな青い光を帯びていた。ハヤオは二人の娘たちが、どういう顔をしたらいいのか完全にわからなくなった表情で、ぽかんとこちらを見つめて、かすかに口を開けているのを見た。「あ、君たちも手伝う?」とヒルコは明るく呼びかけた。「でも、そのきれいな服じゃだめかな。わらくずや何かできっと汚れちゃうね。うちに戻って着替えてくるかい?」
 「そ、そうしようかしら」と妹娘が口ごもったのと、「べ、別にこれ、ふだん着だから」と姉が答えたのはほぼ同時だ。ヒルコは姉の方の声しか聞こえなかったように、涼しく笑って、「あ、そうなの、安心した!」と叫んだ。「じゃ、がんばってね。ほら!」
 そして、泥に汚れたわらの束を、姉娘のきれいな空色の、しみ一つない衣の胸に、たたきつけるように力いっぱい投げつけた。(つづく)

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カツジ猫