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水の王子・「川も」7

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 ヒルコが猛烈に怒っているのか、ただ単に面白がっているのかは判断つかなかったから、ハヤオはとりあえず、わら束をたばねる仕事に集中することにした。手を動かして単純作業をしていればいいから、いろいろ考えてみる時間がとれるのはありがたかった。
 世にもまれなきれいでかわいい女の子を見せてやると言って、まるでふつうの平凡な友だちのところに二人を連れていって反応を見ようとした、娘たちの思惑はハヤオには見当がついたが、その目的はわからなかった。ちょくちょくしているいたずらなのかもしれなかったし、ツマツという地味な女の子との間に、何かあるのかもしれなかった。
 どっちにしても、ツマツという少女には残酷だし、自分たちをまきこもうとしたのは失礼だ。ヒルコもそれで腹を立てたのだろうが、それよりハヤオが漠然と恐れをなしたのは、ヒルコが何かを見限ったこと、見限っていい相手を見つけたが最後、何をするのかわからないということだった。
 「何で? 僕何もしないよ」いつか村で若者たちと、嫌いな相手をどうするかと言い合っていたとき、たしかヒルコは、そう言っていた。まんざら嘘でもなさそうだった。
 「いやなやつ? うーん、さしあたり近づかない」コトシロヌシはそう言った。「時間の無駄だし、あんまりいいことなさそうだし」
 「バカにされるとかは別にどうでもいいし、つまらないやつでも全然苦にはならないけど、めんどくさく、そいつがこっちにつきまとったら殺すだろうなあ」タカヒコネはしれっと言った。
 「そんないやなやつって、あまり知らないし、ひどいことをされたこともそんなにないし、ちょっとわからない」とニニギが言ったときには、おそらくそこにいた皆が、「おまえが気づいてないだけなんじゃないのか」とは思ったものの、誰も何も言わなかった。もしもニニギがもう一人いたら、まちがいなくそこでそう言うだろうとは、それもまた皆思ったにちがいなかったが。
 「難しいなあ。いや相手はどうでもいいし何をしたっていいんだが」意外だったのは、思いがけずにアメノワカヒコが真剣に悩ましい顔をしたことだ。「私は相手のどんな面を見ても、特に驚かないし、ああそうなのかって思うだけだよ。くやしくもないし、がっかりもしない。ただどういうか、気にしないでいいやつが一人わかった、こいつはこういうやつなんだと死ぬまで評価を変えないで大丈夫なやつが、一人増えたな片づいたなと、ほっとぐらいはするかもしれない。で、それが果たして、嫌いになることか、好きになることか、どっちか自分でもわからないんだよな」
 あのときたしか、ヒルコは黙って目を笑わせていたような気がする。皆、何となく笑っていたが、果たしてワカヒコの言いたいことが、どれだけわかっていたかは怪しい。少なくともハヤオはあんまりわからなかった。そしてヒルコは、もしかしたら完璧にわかっていたのじゃないかって気もする。
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 皆がせっせと働くので、わらの山はみるみる立派な束になって積み上げられて行き、主の女はおろおろした。「あの、坊っちゃんたち、お嬢さま方、どうぞもう、そのへんで」
 「そうだね、彼、退屈しちゃってるようだし」ヒルコは末の男の子がわら山に登っているのを、自分もどこか楽しそうに飛び上がって、ひざまずいて抱いて下ろしてやりながら言った。「君たち、二人とももう帰って、ご両親に僕らは夕ごはんまでには帰りますって知らせておいてよ」
 いいかげん疲れてもいたらしい二人の娘は、わらくずまみれの服のまま、複雑な顔で弟を連れて退散して行った。「まちがえないで、ちゃんと伝えておいてよね」と後ろからヒルコは、いとも明るく声をかけた。
 「まだ日が高いし」ハヤオは薄水色の空を見上げて言った。「せっかくだから、仕事、しあげてしまいます」
 「いえ、坊やたちも、もう帰って」女は困ったように笑いながら、なかば頼むように言った。「せっかくこうして働いていただいても、私たちは貧しくて、お礼にさしあげるものもないんです」
 「そのことでしたら、ご心配なく」ヒルコが大人びた調子で答えた。そのくせどこか子どもっぽい無邪気さを声ににじませるのも忘れていない。「屋根のあるところで、泊めていただけるだけで充分です。僕たちいつもそうやって、いろんな家で仕事をさせてもらって、泊まらせてもらってるんです。寝るのは、このわらの中でも充分だし、食べるものは自分たちでちゃんと工面します。大丈夫、ずっとそうして来たんです」
 「水くみだって掃除だって薪割りだって、ほんとに何でもやりますよ」ハヤオはこぶしを握った両手をあげて見せた。
 「でも、お屋敷にいるんじゃないの?」ツマツが手をとめて聞いた。「勝手にこっちに来ていいの?」
 「今日の夕食のときに断ってきます。多分好きなようにさせてくれますよ。いい人たちみたいだし」ヒルコは言った。「何なら食事はずっと、あっちでとるようにしてもいいし」
 「そんなのって、いくら何でも図々しくない?」ツマツは驚いたように言った。
 「あそこはきっと、そういうこと、あまり気にしない家ですよ」ヒルコは笑った。「細かいことにはこだわらない人たちのようだから」
 どう扱っても気にならない相手ってのは、嫌いな相手か好きな相手か。アメノワカヒコの優しくてものうげな困ったようなほほえみを、ふっとハヤオは思い出した。(つづく)

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カツジ猫