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水の王子・短編集「渚なら」17

第十話・溶けない氷(下)

サルタヒコは首をかしげて、目をこらした。
 「こりゃ何じゃ? ヌナカワヒメ」
 「あなたはあちこち、遠くの港にも行くから、ひょっとして似たものでも見たことはない?」
 「いや、ないな。何じゃこれは。氷か?」
 女にしては大きいヌナカワヒメの手のひらの上にのっているのは、たしかに一見氷の粒に見えた。小さく、すきとおって、きらきらと光をはじきかえしながらまぶしく光っている。
 「ええ、氷に見えるでしょ。実際、冷たいのよ。こうして肌にふれていると痛くなるほどだし、口に含めば乾きも治まる。燃える火の中に投げ込むと、消してしまうこともある。そして、これは溶けないの。いつまでも」
 「いったい、どこで手に入れた?」
 「何年か前から、病気やけがが治って旅立つ人が、何もお礼にあげるものがないからと、これをおいて行くことが時々あるの。気休めかと思って、きれいだし、もらっておいたのだけど、大変な価値になることもあるらしいわ。死んでしまった人たちの荷物の中にもあることがあって、死体や荷物を片づけてくれた人たちにお礼にあげたりしたのだけど、びっくりして、ものすごく喜んで、これで家も買える、食べ物も、馬も買えるとまで言っていた人もいた」
 「ふうむ。珍しい貝がらや、まが玉と同じように、品物の取り引きにも使えるっちゅうわけだ」
 「ただね、これ、消えるのよ」
 「消える?」
 「何かのはずみに、すうっと水に戻ったりするの。そうかと思うと、いつまでもずっとそのまま、ますます光が強くなったりすることもある。ひとりでに小さく砕けて細かい粒になるかと思えば、いつの間にかくっつきあって大きなかたまりになる時もある。まるで先が読めないのよ」
 「持ち手にもよるんじゃろうかな」
 「さあね。どうだかわからない。まが玉や貝がらと同じように使われて、だんだん広がって、使う人も少しずつ増えているようだけど、何しろそんな風だから、まだまだ一部の人しか使ってはいないようね」
 「そもそも、どこにあるんじゃい?」
 「草原の、どこからしいわ。こんな氷が一面にはりつめた、ふしぎな沼があるらしい。当然、そこに取りに行く人たちも、あとをたたないようだけど、何しろいくら取って来たって、次の日には全部、水になったりするから、結局取りに行く人もそんなにふえないらしいわね。ただ、何となく、気になるのよ」
 ヌナカワヒメはサルタヒコの手を握って引き寄せ、むぞうさに、自分の手の上の氷のかけらを半分ほど、こぼして移した。
 「持っていてくれない? 調べた限り、特に害はなさそうだし、何かわかったら教えてほしいの」
 サルタヒコはうなずいて、太い指で注意深く氷をつまんだ。ひんやりと固く冷たいそれは、とける気配も消える気配もない。ていねいに、かくしにそれをしまいながら、彼はかみしめるように、「海も、陸も、謎ばかりじゃなあ」と、つぶやいた。(2023.8.31.)

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カツジ猫