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私は心が狭いので

朝から雨が降っている。私が水まきをするのとちがって、細かく、まんべんなく、すべての上に降り注ぐのに、毎回感心してしまう。それもあって、雨の日は好きだ。水まきも洗濯も大手をふってさぼれるからな。

ハロウィンの間、窓に飾っていたかぼちゃの置物やパネル、電池で明かりがつくようにしていたのだが、電池がまだなくなっていない。入れっぱなしにしとくのも不安だし、出して使ったら中途半端になりそうだし、結局玄関や棚の上において、電池がなくなるまで常夜灯代わりにすることにした。でも、いやーな予感だけど、クリスマスや正月まで電池、なくならないんじゃないかしら。

誕生日のお祝いをフェイスブックでいろんな方にいただいた。自分が他の人にしたことがないので、ちょっと面映いが、ありがたい。でも最近ではいつも誕生日は思い切りじだらくに、わがままに過ごすことにしていて、インフルエンザのワクチンを打ったばかりで体調もぱっとしないのも重なって、一日すばらしくだらだらしていた。わざわざ持って来ていただいた手作りお菓子を夕食がわりにばりばり食べて、夜中にお腹が空いたので、ごはんを炊いて料理をして三時半に夜食を平らげた。もうこの年になったら恐いものなんかないのさ。

そして、なぜか「赤毛のアン」シリーズの中の、豪華な屋敷に一人で住んでいて、誰ももう知る人のなくなった自分の誕生日に、アンを食事に招いて(誕生日とは言わないまま)一族の思い出話をして、あのアンが口もはさめないほど喋り倒す、トムギャロン夫人のことなど思い出している(笑)。

お刺身が少し古くなっていたけど、まだおいしそうだったので、今朝猫のカツジの皿に入れてやったら、ちょっと鼻をくっつけた後、ふんという顔で食べずに外に出て行った。ちっと思って片づけようとして忙しくてそのままにしていて、さっき見たら皿はなめたようにきれいになっていた。おまえなあ。

クリスマス近くになったら見ることにしている「L.A.コンフィデンシャル」や「ホリデイ」が、まだちょっと早い気がして、ひまつぶしに見るDVDをレンタルショップで物色した。借りようかなと思う作品が、でも何だかどうもいやなイメージがあって、見てもないのに何でかなと考えていたら、昔私が大好きで入れあげて何回も見た映画と、この映画は同時公開されて、映画館でそっちの方にお客が入っているのを見てムカついた記憶のせいだと気がついて、自分のしつこさに我ながらうんざりした。結局、借りるのもやめた。

私は日常の、現実につきあう人やものには、あきらめているのもあって、かなり寛大で鷹揚で、優しいとか言われたりさえするのだが、その分こういう直接自分の生活に関係ない架空に近い存在の映画とか小説とか、本とか人とかものに対しては、恐ろしく心が狭いので、いったん自分が好きになったものをどんなかたちであれ、傷つけたり苦しめたり不利にしたりする存在に対しては、別に攻撃したり口に出したりはしないけど、その分、心のなかでは徹底的に不寛容になる。それを評価したり応援したり支持したりする人まで、まるで魅力を感じなくなるから我ながらひどいと思う。ここだけの話、批評家や誰かが、私の好きなものと、そういうものとを並べて評価したり好きと言ったりしていると、もうその人の言うこともその人自身も、金輪際二度と信用できなくなる。くりかえすが本当に、我ながら、ひどい(笑)。
でも、こういう過激なミーハー精神を自分の中に残しているから、逆にどっかで私は他人を許せるのかもしれない。

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カツジ猫