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「ある奴隷少女に起こった出来事」感想

少し前に読んだ本だ。amazonの感想コメントを読んだら、翻訳が悪い、あとがきが嫌いという意見が多くてびっくりした。(ずっと最後の方まで読むと、ちゃんと高く評価している感想も多く出てくるけどね。)

私は翻訳の文体はまったく気にならなかったし、むしろべちょべちょした和風の表現にするよりは、よっぽど気分がよかったし、奴隷制下のヒロイン女性と現代の若い女性を重ね合わせた訳者の熱のこもったあとがきには、いい意味で衝撃を受けた。

連続レイプ犯でも、けっこうまともな週刊誌でヒーロー扱いしたような記事が堂々と載る地獄のような時代に青春を過ごした者としては、今の時代の若者たちはそういう点だけではましになったと少しは救われた気分がしていたが、それが甘かったことを思い知らされたようで。

反発した人たちは、何がそんなに不愉快だったのだろう。「自分を恵まれた白人女性と重ねて、黒人女性と今の若い女性を同一視しているのが傲慢」みたいな意見もあったが、そう感じる要素もあったとすれば、それは私がこの「協力者列伝」のコーナーでこだわっている、「情けあるおのこ」問題にも、どこかで関わる意識なのだろう。

実際、この本のヒロインが奴隷として味わう苦労と、それに対する戦いは、図式的でなく、ものすごくリアルである。予想されるような白人からの性暴力の場面が具体的にはまったく描かれていないのも、とても快いし(告発文学と見せたポルノに断固なっていないという意味で)、一方で想像もつかない、脱走や潜伏の時期の過酷さが伝わる。蛇だらけの沼だの、身体も伸ばせない空間での長期の滞在など。

特に実感するのは、そういった実生活のすさまじさを左右するのが、ばっかばかしいほど些細な法律の条文や解釈ということ。規則や制度や文章が、いかに生身の人間の息の根をとめ、心を引き裂くかが、ありありとわかる。ほんと唐突だが「神聖喜劇」の状況さえ連想する。

そういった法律を超越し無視して、奴隷たちを救う白人たちがいて、こういういわば「情けあるおのこ」(実際には女性が多いけど)は「アンクル・トムズ・ケビン」にもいたけれど、本当に私たちがどう生きるのかを考えるときの、貴重な資料にもなるのですよ。

この本は長いことフィクションと思われていて、最近実話と認められたらしい。でも前に言ったような、フィクションでは思いつけないようなリアルさの数々は、やはり実話でしかないだろうなあ。ヒロインが主人のレイプを拒否するために、他の白人の子を宿すなんて設定もそうだが。

感想の中に、原作の省略があるという指摘もあって、それはちょっと気になるが、さしあたり、この本だけでも、充分、読んで損はない。あとがきもね(笑)。

そうそう、リンクした「神聖喜劇」「アンクル・トムの小屋」などが入った「お買い物と文学」は、ブログで公開した以外の項目も加えて、電子書籍で販売中ですよ! と宣伝しておきます。この下の方にも紹介があります。

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カツジ猫