1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 協力者列伝
  4. 「ユダヤ人を救った動物園」の映画と本

「ユダヤ人を救った動物園」の映画と本

昔、仕事の関係で五年ほど名古屋にいた。ていうか、名古屋の公立大学に勤めていた。それまでは九州にいて、今もいる。
しかし私が「九州」という呼び方で自分の居場所を考えたのは、名古屋に行ってからだった。それまでは大分県とか熊本県とか福岡県とか意識しても「九州」とは考えたことがなかった。
もちろんそれは、周囲の同僚や学生や街の人たちが「九州から来た人」と私のことを考えていたからだ。そして、その人たちのほとんどは、長崎と佐賀と福岡と熊本のどっちがどっちの右か左か上か下かをはっきりとは知らなかった。
私はそのことを面白がって、「九州」に帰省した折には、周りにそれを話してネタにしていた。しかし考えて見れば私だって他の地方の、たとえば茨城、栃木、群馬、埼玉の位置関係を正確には言えないし、ましてや東南アジアや中東や東欧諸国の場所や位置など絶対言えない。…あいかわらず長い前置きです。

さらに長い前置きを言うと、ベルリンの壁が崩壊し、ソ連がなくなったころ、私は自分の一生の中では珍しく、政治に関心がなく、これといった発言も行動もしないで生きていた。
それ以前に大学で自治会活動をしていて、大学院入学の前後にそれらの活動から離れ、その直後に起こったバリケード闘争ではむしろ反対派でいわゆるネトライキを決めこんだ。その間の行動や思考は、かなり虚構も交えてはいるが、小説「従順すぎる妹」にほぼ書いている。ちなみに私は、当時の日記にそうやって、世の中の動きに背を向け、積極的な行動をせず、ものごとが次第に収斂だか終焉だかに進むのを息を殺して待っているだけの、人生初めての経験を、「実際に体験はないが、後ろから犯されるのは多分こういう気持ちなのだろう」と書いた覚えがある。

私の周囲の革新的な人たちは、ソ連が崩壊し共産党の人気や評価が全世界で地に落ちる中でも、別にめげずに淡々と活動していた。田舎の母は共産党議員の票読みを選挙で行っていたとき、たまたま会った若い朝日新聞の女性記者に「あんたたちもひどいことをしてくれるね」と言って、「どうしてですか」と相手をびっくりさせたらしい。「共産党批判の記事を書いて、立派な候補者の票を減らす片棒かついで」と母としては思っていたらしいのだが、それがどこまで相手に伝わったかはわからない。
もうひとりの若い共産党員の女性は大学教員だったが、ソ連崩壊をむしろ歓迎していて(ソ連や中国の共産党を批判し対決もして来た日本共産党としては当然のことでもあったが)ワルシャワをはじめとした東欧の動向に強い関心と期待を寄せて生き生きしていた。私はそれを聞かされても「ふうん」という反応しかできなかったが、彼女は決して逃避でも韜晦でもなく、まっすぐにソ連崩壊後の世界を人類として歓迎し、東欧諸国を見守っていた。

ここ数年、周回三十周遅れぐらいで、ようやく「カティンの森」や「さよなら妖精」の本を読み、同名の映画や「ハイドリヒを撃て!」「善き人のためのソナタ」の映画を見て、あらためて、朝鮮戦争後ずっと超大国のアメリカと敵対しつづけるしかなかった北朝鮮こと朝鮮民主主義人民共和国と同じように、ソ連と西欧に対峙しつつ東欧で生きる人たちにとって、第二次大戦の終結は決して正義の勝利でも平和の到来でもなく、私などとはまったくちがった戦後を彼らは生きて来たのだと、ぼんやりうっすら、思い知らされている。
こんな時間と地域の中では、私がこのコーナーのテーマにしている「情けあるおのこ」の事例なんて、それこそ床や街路にちらばった紙くずもどきに、普通にめちゃくちゃ多いだろう。私が大学の同僚と「メールが管理者側に盗み見されてるかもしれない。じゃいいや、シュタージみたく洗脳してやろ」と冗談の種にしていたような「善き人のためのソナタ」だって、しっかりその一例である。

でもって、ようやく本題。
「ユダヤ人を救った動物園」は映画から先に見た。ナチスドイツに占領されたポーランドの首都ワルシャワで、動物園を経営していた夫妻が、動物を何とか守ろうとするうちに、知り合いのユダヤ人がドイツ軍に殺されないようにかくまい、次第に数十人の人々を常時動物園のあちこちに隠しては、国外に逃亡させる抵抗運動を続ける話だ。脚色はあるが、すべて実話に基づいている。
ヒロインの女性役の女優が子どものようにおさなげではかなげなのに、苛烈な抵抗運動を成功させて行くのも、ドイツ高官が日本の「かわいそうなぞう」どころではないダイナミックさで動物たちをわさわさ殺す一方で、変に希少動物を保護しようとするのも、画面や風景は美しく、そこそこハッピーエンドで甘いと言われそうな(ネットでは事実そう言われていた)のも、何もかも落差がありすぎ、ちぐはぐすぎ、不協和音ありすぎなのが、見ていて奇妙に落ち着かず、もちろん基本的にはとてもいい映画だが、どうせ実話や背景はこんなもんではないなと本能的に感じて、原作の本を見かけたとき即座に買った。昔「L.A.コンフィデンシャル」の映画を見たとき、これは小説の方を先に読んでいたから、うわー、あの膨大でパワフルでぐっちゃぐちゃの大作を、こんなにみごとにわかりやすく、風呂敷で包んでまとめちゃったのかよと感心しながら呆然としたのと同じようなことが、きっとなされているという予感がしたのだ。

その通りだった。ソフトカバーのわりに分厚い上、活字がやたらと小さいので、これは手強いと予感したが、その通りで、すみからすみまで面白く豊かな事実がつまっているので、かえって一気には読めなかった。
そもそも動物園主の妻、映画では少女のようなヒロインの日記をもとにして、これでもまとめている本なのだが、まるで原資料をぶっちゃけられたような豊穣な混乱がある。それだけ書こうにも書ききれない現実があるということで、もっと恐いのは、これが普通に他にもびっしり、街路や建物に詰まっているのだろうという予測だ。同じような話が。体験が。語られないまま、知られないままに消えたものまで想像すると、もう目まいなんてもんじゃない。

「アンネの日記」がこれだけ知られ、彼女の一家の隠れ家生活を命をかけて守った「情けあるおのこ」たち協力者の話も広く知られているのは、もちろん歓迎も評価もすべきことだ。しかし、その協力者の一人ミープ・ヒースをはじめ、これらの人たちが「誰でもするようなことをしただけ」「私が特別なのではない」と口を開けば謙遜するのを、何てすごい、すばらしい聖人みたいな人たちなんだと驚いて感動するのは、正確に言うと正しくない。彼女たちが言っているのはその通りだ。珍しいことではなかった。相当と言っていいほど誰もがしていたことなのだ。
「ユダヤ人を守った動物園」を読んでいると、「アンネの日記」の話なんて、大群衆の中のひとりのようにたやすく埋没してしまう。それほどに勇気と決意を持って命がけで他者を助け、助けられ、逃げ延び、逃げ切れず、守りきれず、失敗し、それでもめげずひるまずに、また同じことをくり返した人たちの数は、無限に近いほど多い。

もちろん東京大空襲、広島や長崎の原爆で亡くなった多くの犠牲者にも、珠玉のようなドラマが一人ひとりにあり、その人生の消失は耐え難いほどの悲劇だ。
しかし、東欧諸国の人々の悲劇の悲惨さは、それが突然の死ではなく、日常の中の隣人どうしの裏切り、かけひき、数限りない「どうすべきか」の選択肢のくり返しでもあるということだ。
私は愛国心など多分ほとんどない。それでも、これだけ日常的に長い歴史の中で、たやすく正義も信じられず幻想も持てず、強国の政治に翻弄されつつ、したたかに人間を信じ、行動し選択することをやめなかった、石をなげれば「情けあるおのこ」「協力者」にあたるような状況をつらぬきとおした人々の国と、私のこのテーマでさえも「ん?」と首をかしげるような人が大半のこの国と、どうやって世界政治や国際社会の中で競争し対決して行けばいいのかと思うと、もう本当に戦う前から敗北宣言するしかない気分になってくる。

Twitter Facebook
カツジ猫