2021年「古典文学講義A」のレポート(9)
「さかなよ、さかな」の歴史
1 『漁師とおかみ』あらすじ
「さかなよ、さかな」という有名な呼びかけが特徴の『漁師とおかみ』。これはグリム童話に収録されている物語である。あらすじは以下の通りである。
金色のヒラメを逃がした貧しい漁師。その漁師の妻は、ヒラメに願いをかなえてもらうべきだといったため、漁師はヒラメに素晴らしい家を建ててくれるように願う。帰ってみると、そこには素晴らしい家が。妻にせがまれて漁師はさらにヒラメに富を願うが、その分海は荒れていった。最終的に妻は神になりたいとヒラメに願ったが、ヒラメは今までかなえた願望をすべてなかったことにして、元のあばら家に漁師と妻を戻してしまった。そのおかげで海はもう一度穏やかさを取り戻したという。
【参考】
『漁師とおかみ』のあらすじなど (KHM019) | グリムCLUB ~グリム童話倶楽部・改~ (grimmdowaclub.net)
この話は、「過ぎたる欲は身を滅ぼす」という言葉があるように、欲深すぎることはよくないという教訓を得られる物語となっている。このような教訓が示されているのは、グリム童話を編集したグリム兄弟の教育的な意図が込められている。この教育的な意図や、それがどのように作品に込められているか、グリム童話をみながら考えていきたい。
2 グリム童話について
グリム童話は、グリム兄弟が1806年ごろから収集を始めた民間伝承集となっている。1812年に出版された。200話の民話と、10話の聖者伝からなり、個々の民話には番号が付けられている。『漁師とおかみ』はKHM19である。
グリム童話は、以下のように7回の改編がおこなわれている。
〇エーレンベルク稿 1810年初版
第一巻 1812年
第二巻 1815年 計156話
〇第二版 1819年 161話
初めて扉絵が載せられる
〇第三版 1837年 168話
扉絵の変更
〇第四版 1840年 178話
〇第五版 1843年 194話
〇第六版 1850年 200話
〇第七版 1857年 200話
〇小さい版(選集版)1825年 50話
【参考】
グリム兄弟の収集した民間伝承の生成と変容過程―民話の地域性と普遍性の実態をめぐって(鶴田涼子)
25.pdf (nagoya-u.ac.jp)
現在出版されている『グリム童話集』は、たいていが第7版にあたるものである。初版から第7版に改編された中で大きく変わったポイントを挙げていく。
まず、一つ目が、「実の母」が「まま母」になったことである。これは悪事を働く母親が実際に血縁者であると、母親が子供に読み聞かせる童話として良くないという理由から改編されたと考えられる。
二つ目に、性的な行動を連想させる表現が減ったということが挙げられる。とりわけ、ヨーロッパのキリスト教圏では、性描写の規制が厳しかったといわれている。そのため、性的なものをイメージさせる表現が改編を重ねるごとに緩和されていった。
最後に初版よりも話が説明的であることが挙げられる。第7版のほうがより分かりやすく詳しく書かれている。描写を論理的にするため、行動の理由が詳しく述べられるようになった。
【参考】
グリム童話の初版と第7版は何がちがう? | グリムCLUB ~グリム童話倶楽部・改~ (grimmdowaclub.net)
そして、グリム兄弟が民話を収集し、本として出版した背景として記述された論文を以下に引用する。
グリム兄弟が民話を収集し,本として出版した背景には,グリム兄弟の子どもたちに対する教育的観点,フランスに対するドイツ意識の統一の意図があった。グリム童話の改編にもこうした彼らの意図は影響している。彼らの考えが他の人に受け入れられたために,グリム童話は重要視されてきたのだろう。グリム兄弟は,意識的に民話の内部に,読者に愛国心を持たせようとする意図を込めようとしたわけではなく,民話を集めること自体が重要であった。ナショナリズムとの関係が深いために,『グリム童話』はドイツで,これほどまでに大切にされたのである。後の調べによって,彼らが編んだ民話集は,生粋のドイツから生まれた民話ばかりではないことが指摘されてはいる。しかしながら,シチリアにおいて,プーピ・シチリアーニが伝統芸能として大切に守られているように,ドイツでは,『グリム童話』が,ドイツの国民意識を各人に抱かせる役割を少なからず果たしていた。もしくは,世界の民話が流れ着いたある一時の形が書き止められた証として,彼らの功績が認められているのである。2005年,ユネスコは『グリム童話』を,世界に意義のある,世界の史料遺産として認定した。
【引用】
グリム兄弟の収集した民間伝承の生成と変容過程―民話の地域性と普遍性の実態をめぐって(鶴田涼子)
25.pdf (nagoya-u.ac.jp)
このように、民話を集めて本として出版したことには、グリム兄弟の教育的観点が込められており、それが第7版までにのぼる改編につながっている。
3 まとめ
『漁師とおかみ』というものがたりのように、どこかに教訓が表れているグリム童話には、民話を編集したグリム兄弟の子どもたちへの教育的意図がこめられていることが分かった。その教育的意図をふくめ、世界各地の民話を集めたことがグリム童話のかちとなり、世界に認められたことも理解できた。今後の課題として、『漁師とおかみ』をふくめ、一つひとつの物語の変更点を細かく比較できなかったので、どのように改編されていったのか、より作品を読み考察していきたい。
【参考・引用】
・『漁師とおかみ』のあらすじなど
『漁師とおかみ』のあらすじなど (KHM019) | グリムCLUB ~グリム童話倶楽部・改~ (grimmdowaclub.net)
・グリム童話の初版と第7版は何がちがう?
グリム童話の初版と第7版は何がちがう? | グリムCLUB ~グリム童話倶楽部・改~ (grimmdowaclub.net)
・グリム兄弟の収集した民間伝承の生成と変容過程―民話の地域性と普遍性の実態をめぐって(鶴田涼子)
25.pdf (nagoya-u.ac.jp)