「ばけばけ」のラスト
朝ドラ「ばけばけ」、ヘブンさんが早めに死んでしまった上に何やら静かなハッピーエンドの雰囲気がただよい始めて、おや?と首をかしげていたら、今朝のイライザ女子の「遺作の『怪談』は実は売れてない。幼稚な内容で、あなたがこれを書かせたのなら、彼の作家生命を絶ったも同然。罪滅ぼしにあなたが何か書け」と、わからんでもないが、おっそろしいことを言いおいて去る、というすごい展開を用意していて、最後の最後まで目が離せない。よいわあ(笑)。
小泉八雲の奥さんは、たしかに夫の死後「思い出の記」を書いてるわけで、それがどういう役割を果たしたのか、現実の歴史を私は知らないし、ドラマはどのように描くのかは知らないけれど、それが現実と近くても遠くても、どっちでもいい。要は、ドラマの中の妻おトキさんは、このままだと、偉大な作家ヘブンさんを支えて陰の下積みで大きな役割を果たしたという、それはまあそれで立派なことだし、そういう妻は現実の空の星、浜辺の砂ほどいたのだろうが、これまでに、いくらでも描かれた話でもある。
でも、「ばけばけ」は、妻がそういう存在ではなく、「彼女にしか書けないもの」を、夫のためにという思いがけない成り行きから書くことで、「もう一人の作家になる」物語なのだ。なぐられたようなショックを受けた。家族のために生き、夫のために生き、「自分だけが幸せになってもつまらんですきに」と最初から言い通して、明るく前向きの演技やキャラで、それが下積みの悲劇に見えず、とても幸福そうで、これもありかなと誰にも思わせる生き方を見せる教えると思わせておいて、最後の数回で全部ひっくり返すとは、壮大な伏線の張り方がすごい。
私は「あんぱん」を見たとき、最初は不評だった「アンパンマン」を作者やなせたかしの妻が、あらゆる手段を駆使して長年宣伝し、売り込み、ついに傑作として世の中に認めさせたのを見ていて、なるほど、私の小説も、あのくらいしつこく売り込んで宣伝しなければ、好きな人の手にさえ届かないで終わるのかもしれないと、妙な反省と納得をした。本当にそれを実感した。
「ばけばけ」の最後がどう終わるのかはわからない。どう終わっても不満はない。だが、どうなっても、それは妻のおトキさんが家族のため夫のため、自分は何者でなくても幸福という従来の生き方を捨てて、自分が作家として表に出る自立する世の中に打って出るという姿勢では、「あんぱん」と正反対で、しかも根本は一致する。他者のために尽くして生涯無名に徹することの幸福と、自分にしかできないことをやって自己実現をする幸福とが、そこでは並列し並走し合体する。現代にも通ずる、男女に共通する、大きな課題が見えてくる。
やってくれるではないか。あと数日、くり返すが、目を離せない。
今日の国会中継はれいわや共産党の質問もあったので、つい最後までしっかり見てしまった。参政党は前にも言ったように、その成り立ちの怪しさから期待も油断もしてはいないが、初期の維新と同様に、世間の好みを一生懸命見定めて対応しようとするあたりは、何となく、まかりまちがって、ちゃんと育ってくれないかなと思わないでもない。
今日は代表が、「石油の獲得のためにもっとイランと交渉してもいいのではないか」と、うやうやしく丁重に下手に出ながら、けっこうしつこく食い下がっていた。言ってることは一応まともだった。
れいわの奥田議員は烈しい熱気で迫っていて、反感を持つ人も多いだろうが、言ってることは正しいし、あのスタイルは共感も得るだろう。何がいけないかわからない発言注意も何度か受けていたが、そんなものにはめげないでほしい。というか、小泉大臣は自衛隊が人殺しと言われたら(あ、直接自衛隊をさして言ったりしたのじゃありませんよ。「人殺しの武器を売るな」みたいな、そういう文脈なのに、それでも)、色をなして抗議していて、これは昔、共産党の議員が同じことを言って批判されたときもそうだったが、私なんか、自衛隊や警察官や軍隊や死刑執行人は、ちゃんと人殺しもする時はしてくれないと困るので、それを言われて逆上するのは職業蔑視の差別じゃなかろかと、毎回思ってしまうのですが、そのへんはどうなんですかね。一度落ち着いて話し合ってみたいものです。
共産党の山添議員の質問は、私がこの前から、ここで書いている通りのことを、きちんとまとめて整理して質問してくれていて、政府や首相の問題点があぶり出されて、よくわかり、大変助かりました。
要するに、私がずっと書いてるように、「できることとできないことがあるとトランプに説明したと言うが、では何ができると言ったのか」なのですが、これをもう絶対政府は答えない。それまでの質問も全部そうですが、「外交上の問題なので、そこは言えません」の一点張り。それですべての回答を拒否できるなんて、あまりに虫がよすぎませんか。
山添議員は、「できないことと言って断るのに、憲法は大きな役割を果たしていると思いますが、首相は憲法で禁じられている、とトランプに説明したのか」とも聞きました。そうしたら、「法律で禁じられている、と説明した」とのこと。「法律と憲法はちがいますよ。憲法について説明しましたか」と聞くと、「外交上のやりとりで、お答えできない」とまた言ったような。もう、ロボットかAIにでも返事させとけ。旧式な録音機でもいいが。
そのへんは全部、逃げ口上なのでしょうが、どうやらすきあらばしゃしゃり出る茂木さんも首相も、例の「世界を平和にするのはドナルドだけ」の発言は、「あなたが戦争をやめなさい」との忠告のつもりで言った、ということにしたいというか、そのつもりだったと信じ込んでいるような。「そこは、はっきり言わなければ」と言われると茂木さんは、「外交と言うのは一筋縄では行かない。含みをもたせる表現も必要」だとおっしゃいましたですよ奥さま。
本気ですかマジですかバカですか。
外交ですよ。それこそ、どうでもとれるようなあいまいな表現で、相手が察してくれるだろうなんて、一分のすきも残しちゃいかん世界ですよ。こういう人たち、遺産相続の話し合いも裁判も訴訟もしたことないんですかね。あきれかえって、ものが言えない。
あきれかえったのは、さっき見た山添議員の質問に関するYahooニュースのコメントが、ほとんど共産党への批判ばかりで(まあよっぽどそれだけ、首相の支持者などには痛い質問だったんでしょうが)、例の海難事故のことも引き合いに出したりして、それはあれは痛ましいあってはならない事故ですが、それをこんなことの引き合いにひっぱり出しては、亡くなった人たちにも失礼だろう。これについてはまた書きますが、とにかくそこで、皆が口をそろえて言ってるのが「外交ははっきりものをいえばいいというものじゃない。相手を怒らせないようにしなきゃいけない。含みのある表現でほのめかすことが重要だ」って、いうのばっかり。顔を洗って出直して来い。こんなだから、レイプされそうになった人が「いやです、やめて」と言えないで、含みのある表現で理解してもらおうとしたり、逆に「やめて」と言われた方は、「本気じゃないかも知れない」と解釈したりするんだろ。まったく、ことばの二重の意味で遊ぶのは、連句の世界だけにしてほしい。
はあはあ。怒りすぎて疲れた。もっと楽しい面白い話もいっぱいあるのに、また後で。いつになるかは知らないけど。
あっ、ご近所の人にもらっていただく白紙の山は見つかって、夕方配って来ました。これで、ほんの少しだけ、片づけのめどがたったような。甘いかな。
