やるなあ「ばけばけ」
あと一回を残すだけになって、やるなあ朝ドラ「ばけばけ」。
何がどうなっても驚きはしないが、今日(昨日か)の回は、ためらいもなくどん底で、逆に作者の自信のほどが伝わって来た(笑)。
夫ヘブンさんとの、愉快で楽しい思い出のすべてが、「自分が彼を縛っていたのでは」という新しい枠の中で見直されるとき、ばたんばたんとまったく同じ記憶の数々が苦く悲しいものになって行く恐怖。自分も何度か味わったことがあって、とても身につまされる。
人でも家でも国でも世界でも、語られるときの物語というものを、あらためて考える。事実は同じでも、視点や解釈次第で、それは百八十度異なる話になってしまう。妻と母の美談が、荒々しい嫉妬と愛のドラマに変わる有吉佐和子の「華岡青洲の妻」とか。一族の中の落ちこぼれの厄介者が、皆の証言で聖人になる「赤毛のアン」シリーズでしばしば見る短編とか。友情が実は主従関係だったとか。団結が実は束縛だったとか。その逆もあるだろう。その中間もあるだろう。虚構は現実に支配されているようで、実は現実を育てたり消したりもする。
近くのスーパーに入っていた、ミスタードーナツがなくなってしまって、あまり利用したこともなかったのに、妙に食べたくなって困っている。出店みたいに、あちこちに出没したりするのだが、なかなか遭遇できない。おかげでつい、他のドーナツをいろいろ買ってしまって間食が増えてしまう。
お天気がよかったので、ちょっとだけ母家の前の草取りをして、雑草に埋もれていたリュウノヒゲを掘り出した。リュウノヒゲって、強固なようで、案外つつましいのだよね。椿も全開になった。こんなに咲くのは初めてで、花も小さくかわいらしい。しかも何となく予想していたような真紅じゃなくて、淡いピンクで、バラみたいで素敵だが、何だか椿らしくない。紅葉が一本枯れてしまったこともあり、赤いのを一本植えてみようかなと、無謀なことを考えたりしている。それとも、このピンクをわが家の椿として大事にするかな。せっかく育ってくれたのだし。

国会前では戦争反対のデモが二万人を超えたようだが、メディアはまったく報道しない。私はどこかよその国に住んでいるのかしら。
妄想ついでにふと考える。高市首相や茂木さんが、トランプ大統領との会談の詳しい内容や具体的な約束を「外交上の秘密」と言っていっさい語らないのは(しかし、今語らないでいつ語るのかね。何を決めて来たにせよ、ましてや「成功した」と自慢するのだったら、今こそ細かく国民に知らせて、国会でも伝えて、情報を共有し、今後の協力を要請しなくちゃならないだろうし、そうしたくなるものだろうし。警察の捜査や軍事関係だって、あんまり隠すとろくなことがないものだけど、これは、そういうのでさえないのにな)、もしかしたら、憲法九条が、自衛隊現地派遣を回避するのに思いがけず有効だったのを自覚して、それをばらしてしまったのじゃ、今後の改憲がやりにくくなるからまずいと感じて、どう報告したものやら迷っているのじゃあるまいか。あんまり何も伝えないから、ついそんな「物語」も作りたくなる。
けど、本当に物語なんですかね。私は橋下徹氏を全然信頼も評価もしてはいないのだけど、機を見るに敏なところは、たしかにあると思っていて、その彼が「首相や自民は憲法九条を頼りにしてトランプと対抗しすぎだ。憲法九条を使わないで、アメリカの要求を拒否しないといけないのに」とか文句を言ってるのを見ると、立場はまったく反対でも、私と同様のことを考えているなと感じてしまうのですけどね(笑)。