「インセプション」感想(2)。
つづけます。
そういうわけで安心して楽しめたんですけど、でも、どうでもいいヤボなこと言うと、私、見ていて何度も思ったのが、特に主人公たちが失敗しかけて危機にさらされるたびに心でつぶやいてしまったのが、「だからさー、しちゃいかんのだよ、こーゆーことは、やっぱりさ」でした(笑)。
話が面白いから皆忘れてるし、まあ、ディカプリオたちはそんなことした報いもきっちり受けてるという因果応報も描いてるんですけど、その教訓への共感もふくめてなんだけど、やっぱり、あーゆーことはしてはいけない(笑)。
人の頭に入りこむとか、そこをのっとるとか、そういうことじゃないの。そういうこともあるだろうけど、私が見てて純粋に不快でヒヤヒヤさせられたのは、「あー、もう、自分をそんなに粗末にあつかったらいかんって」ということだった。
私は住居侵入でも人の手紙や日記を読むのでもそうなんだけど、相手に悪いとかいう以前に、そんなきったない、つまらんものの中に入ったら私が汚れるという感覚があります。他人の頭になんか侵入したら悪いばい菌うつされそう。ましてや、自分以外の人の精神を操作するなんて、そんなぜいたくなサービス、なんで私がしてやらんといかんの。金のためでも、ごめんこうむりたい。
それと、自分の好きな空想の世界をつくることが、危険で否定すべきことのような描写がときどきあったのも、ひっかかった。あ、しょーがないんだけどさ、あの設定では、そうなるのは。
でも、非現実的な空想は、私の場合、現実と戦い、現実を変えていく上で、とても大切なものだった。そこに溺れて帰れなくなる危険は充分わかっているけど、でも、その世界を完全に失って二度と行けなくなることだって、それと同じか、それ以上に恐ろしいことだと思う。そこに行けない現実なんて、それこそ虚無で地獄だと思う。
あ、もしかして、あの映画は、そういうことも言ってたのか。コティヤールの姿や言葉を借りて。もうほんと、つくづく恐い映画だよなあ。