1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. 「ソルト」感想(3)。

「ソルト」感想(3)。

じーつーはー、私、潜伏スパイって発想、けっこう好きだったんですね。スパイそのものも好きだったし。ていうか、高校生ころまでか、それ以後も、いつも自分の毎日は本性かくして、ひっそり周囲にとけこんでる吸血鬼か狼人間か異国のスパイの気分でいました。祖国は遠くにあり同国人は遠くにいて、今ここにいる自分はかりの姿で、家族も友人もいざとなったら切りすてて、あっさりどっかに行ってしまう、そんな気分で生きていました。

キャラママが定年退職したとき、「よくぞ世間をだましてつとめあげた」と私は祝辞を送ったけど、ほんとにそうで、多分、私も死ぬときなんかは「よーだましとおしてウソついて芝居して一生送ったよ、はー、満足満足」と思って死ぬと思う。そうありたいと思う。
そんな風に思って、やっと家族にも周囲にもがまんできたし、余裕がもてた。「しょせん、私はスパイなんだから、こいつらを観察しておかないと」と思うから、冷静にもなれたし優しくもなれた。

祖国やほんとの家族やほんとの仲間がどこかにいるから、それをなつかしんで夢見て今を耐えようというのとも、ちょっとちがう。実際には、祖国でも仲間でも遠くはなれてくらしていたら、言葉も文化もわからなくなるし、今くらしてる、ここの世界のにおいが自分にしみついて、祖国や仲間ともまたちがっていることを、私はどこかでよく知っていた。
それでも、自分の周囲の人とちがう考えや、ちがう意見が聞こえてくるたび、私はそれを何となく、祖国や仲間からの指令ととらえた。そして、それを周囲の人に紹介し説明し理解させることを、自分の任務と心得ていた。
そのためには、周囲の人にも家族にも愛され信頼されなければならないと思っていた。私の家族や学校や職場で求める人の評価や愛情は、いつもそれが最終目的でないところが、よかれあしかれ問題である(笑)。

私は今の若い人や、学校や職場でのいじめの構造が、予測はできても実際に体験してないからよくわからない。ただ、漠然と思うのは、自分がスパイで、他にもスパイはいるかもしれなくて、周囲の誰もが何者か、何をしているか、何を考えているかわからなかったら、そう簡単に皆でいっしょに誰かをいじめようということにはならないだろうということだ。これは、いじめの防止策ではない。ただ、だれかをいっしょにいじめることで、敵か味方か、仲間かどうか確認しないと安心できないというのは、あまりに簡単すぎる確認のしかただ。

これは学校に限らない。職場でも地域でも、たがいのことを理解しあえば住みやすくなり仲良く快適にできるというのは、ほんとはかなり無理がある。私はカレー殺人の林被告の気持ちが理解できると言って、あきれられることがある。もちろん殺人は問題外だが、各自の家庭をよく知って、あいさつをし交流していたら安心というのは危険である。
あいさつもせず交流もなく、どんな家庭か知らないままで、それでもいざという時はすぐに助け合える、そういう関係を築いてほしい。しょっちゅう行き来し交流し情報交換して意見を一致させておかないと安心できない状況こそ、まさに地獄だ。

あ、「ソルト」の話だった。
つまり、家族や友人や仲間がいても、それより大切な存在や絆があって、顔も知らない名前も知らない、そういう遠くの人たちのために、家族や身近な人たちには見せなかった自分を捧げる、という、そういうことにもなるわけでしょう、潜伏スパイは。
そういう価値観、そういう人生、私には自然です。でも、まったく自然じゃないと思う人だって、そういう人生、どっか魅力的じゃないですか?

第一、あれです、「スター・ウォーズ」のルークとか「エラゴン」の彼とか、伝説の英雄や主人公も皆そうでしょうが。フツーの暮らしをして家族とともに村で暮らしてたら、ある日誰かが来て言うんですよ、「おまえには、与えられた使命がある、こんなとこでこんなことしてちゃいけない」って。で彼は家族を捨て村を捨て、新しい仲間と旅に出る…ほーら、潜伏スパイとおんなじじゃんか(笑)。

Twitter Facebook
カツジ猫