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「ダウントン・アビー」断想(2)

マギー・スミス演じる先代伯爵夫人は、このドラマの要のひとつである。息子の伯爵から「母は策略家で、どんな武器でも使いこなす」と恐れられているように、杖が手放せないほど老いてなお、矍鑠として気力と知力にあふれ、権謀術数にたけていて、自信家でわがままである。そのくせ柔軟で聡明で、正しい判断をし、皮肉屋ながら人間的な深さもある。

若い頃にはもてまくり、道ならぬ恋にも溺れかけたらしい。そのころの恋人のロシア侯爵から今でもせまられたりしている。「あのころの君は華やかですべての人を魅了した」と、彼は思い出を語る。実際そうだったのだろうと、彼女のたたずまいの豪奢さを見ていると、容易に想像できてしまう。

でもその一方、心のどこかで「ん?」と思ってしまうのは、私が彼女にはまるきっかけになった、そりゃーもう古い映画の「予期せぬ出来事」を思い出してしまうからで。

これはエリザベス・テイラーとリチャード・バートンが主演の、いわゆるグランドホテルもの。霧のために飛ばなくなった飛行機に乗る予定だった男女が、それぞれの事情であたふたする、という話。

この中でマギー・スミスは、雇い主にとても忠実な、けなげな秘書でした。もちろんまだとても若く(1963年ですもの)、けなげで清楚でういういしくて、テレビで見た私はひと目でめろめろになったものです。

写真もあまりないんだけど、とにかく地味でつつましくて、でもしっかり者で勇気もある。役作りのせいもあるんだろうけど、もう顔や全身のイメージが、決して豪華とか華やかとか男をまどわすなんてものではなかった。

彼女の他の映画をほとんど見てないけど、最終的にしたたかな悪女だった映画でも(テレビで見たけど題名忘れた)、結局そのつつましいしおらしさが観客も皆もだましたのだし、「オセロー」のデズデモーナやったときも、きれいで清楚だけど、何かちょっとちがう、オセロを嫉妬で狂わすような、自分では無意識の妖しさがないなあとものたりなかったものでした。むしろ「風と共に去りぬ」のメラニーだったら、この人ドンピシャだろうにと思ったものです。

かつての恋人のロシア侯爵がうっとり語るような、奔放さや華やかさをあたりにふりまく若い日の伯爵夫人が、どうやってもあの若い日のマギー・スミスと重ならない。
なのに、老伯爵夫人を見ていると、そういう華やかな女性がたやすく連想できてしまうのが、不思議だし、すごい。自分の現実の女優としての若い日とはちがう、老伯爵夫人のきらびやかでまぶしい過去を彼女は今の演技からしっかり作り上げてしまうのですよ。恐すぎる、すごすぎる。

たしかサマセット・モームの「月と六ペンス」だったかに、ゴーギャンがモデルの芸術家の妻とその娘が、まあ二人とも俗物なんだけど、「実際の若いころより、今の彼女から想像する若いころの方が美人だろうと人に思わせるタイプ」とか、語り手の男性が言ってるからさ、現実生活でも、こういう人ってきっといるんだろうけれどね。

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カツジ猫