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「断捨離飛行艇」内容紹介

「断捨離」シリーズ最新刊四冊の、最後の一冊です。一部を除いては、このブログの中の「断捨離狂騒曲」のコーナーで読めます。同コーナーでは、それに続く未刊行の「断捨離新世紀」の原稿も読めます。

この本は電子書籍もあって、それは安いですが、この紙本もなるべく価格を抑え、装丁などもきれいに仕上げていますので、できればこちらを買っていただく方がお得じゃないかと思います(笑)。

さっそくですが、いつものようにまず目次をご紹介。

まえがき
 たまたまですが
 枕の大群
 魔法陣作戦
 とりあえず袋
 鍋たちの晩年
 待ってたよ!
 この日のために
 天国が多すぎる
 リボンが活躍
 よくもまあ!
 しおりとペーパーウェイト
 定規まみれ
 叔母のコイン
 目と耳
 うちわのプラカード
 額縁とカレンダー
 暗い部屋の思い出
 海老と三宝
 夏よ来い
 遊びごころ
 金魚のいる家
 その後の金魚
 紫の猫
 一人の誕生日
 色あせた猫たち
 多分かなわない夢
 三枚の古い皿
 神棚のたぬき
 有機的な展開
 スコッチエッグ
 あとがき

前の三冊の紹介でさんざん書いたが、この四冊の中心となるテーマは、七十歳を超えて定年後の老後でやっと自分の研究ができる時間的余裕ができ、死ぬまでの時間に仕上げる仕事の計画をたてた矢先、田舎の家の書庫に保管していた、研究に必要な資料や書籍の大部分を、断捨離好きのご家族が、きれいに片づけて私を喜ばせようと、断りもなく、業者に渡して廃棄してしまった事件への私の対応や心境である。もっとも量的にはその部分は少なくて、その前後の私のさまざまな「断捨離もどき」の話が、むしろ大半である。

この四冊めも、基本的にはそんなものだが、やや前の三冊と異なるのは、この事件が私にもたらしたのは、失われたものへの追憶や悲しみだけではなく、予定していた老後の仕事の計画が、大いに狂わされ、決定的に破綻したということが、時間とともに明らかになって来たことに、私が気づかざるを得なかった結果、自分の精神の立て直し以上に、今後の生きる具体的な方針を再構築しなければならなくなったという点である。あらためて、自分が何をめざして生きるのか、何をあきらめて放棄するのか、そういったことを、一から考え直さなければならなくなった。それが次第にわかって来た。

そのへんの事情は「まえがき」にまとめているが、その結果、もしかしたら、この「飛行艇」は、このシリーズの四冊の中で、一番普通の「断捨離本」に近い(笑)。万一どなたかが、断捨離の参考やヒントにしようとされるなら、四冊の中では、この本が一番役に立つかもしれない。具体的な片づけや処分の手順や工夫なども、比較的普通に紹介されている(ような気がする)。

何しろ人生の予定や目的が、そう簡単に決まるはずもないから、さしあたり、この本にある多くの章では、些末な小さい具体的な数々についての話題を私は選んでいる。寝具や家具の位置についての、他愛もない小さな工夫、「たまたまですが」「枕の大群」、当面の小さな収納のための容器をもとめる「とりあえず袋」、さまざまな食器に注目する「鍋たちの晩年」「待ってたよ!」「この日のために」「夏よ来い」「神棚のたぬき」、蚊取り線香や洗面所のタオルにこだわる「遊びごころ」「多分かなわない夢」など、どれも短い、気軽に読める内容である。

その中では、題材は同じようにどうでもいい小さなものだが、そこそこ長くなっているのが、「金魚のいる家」「その後の金魚」で、実際の金魚ではなく、瀬戸物のおもちゃの金魚にうっかりはまって、こだわってしまった私ならではのアホな体験がつづられているので、せいぜい笑っていただきたい。

さて、ここで私の断捨離歴を簡単に述べておこう。以下の引用はいずれも「魔法陣作戦」から。

「十数年前、叔母が亡くなり、その遺産を親族に相続する手続きをしたあと、叔母のマンションにあった膨大な品物を、何とか人にあげたり自分の田舎の家に運んだりして片づけ、その後ひきつづき田舎の家のリフォームと売却、祖父母の代からの荷物を処分し、今の自分の家に運んだ。
 叔母のマンションも、田舎の家も、ものすごく広かった。そこの荷物すべてを、放出するものはした後で、普通の大きさの自分の今の家につめこんだ。足の踏み場もなくなって、身動きできなくなるのは当然だ。」

「叔母のマンションでも、田舎の家でも、それぞれタイプはちがっても、このような状況は前に何度かあった。家の中をどこまで行っても、ごみと荷物の山また山。手のつけようもなく、見ているだけで心が折れる。」

「普通だったら業者を呼ぶ。そして一気にすべてを捨てる。そうした方が賢かったのかもしれないが、私はそれを最小限にとどめて、小さいものも大きい物も、自分で何とかしようとして来た。」

「これだけ大規模で長期にわたる断捨離だか何だかは、そうそうめったにないだろう。その間、母の介護をし、叔母の法事をし、田舎の古い土地その他の不動産の複雑怪奇な名義変更をし、一応は論文を書き、授業をし、『むなかた九条の会』などでアベ政権と対決し、猫をみとり、猫を育て、自分の日々老い行く肉体と精神を維持して来た。やるじゃん、と、たまにはほめてやらないと、やっぱり仕事にはずみがつかない。」

そんな私の、断捨離の際の基本方針はこうだった。

「誰に習ったわけでもないが、田舎の家や今の家で、もうどうしようもない混乱のなかで、私がいつもやって来たのは、とにかくどこか一隅でも一角でも、憩える空間を作って快適にし、そこで酸素吸入カプセルに入ったようにぱくぱくあえいでリフレッシュしながら体力気力を回復して、再び周囲の混沌の中に打って出る、という方法だった。
 おおむね、これはうまく行くのだが、うまく行かないこともある。そこがまた散らかる場合もあるし、作り上げた空間が何かどうもしっくり来なかったり不都合が見つかったりで、また作り直したりする場合もある。」

「天国が多すぎる」「リボンが活躍」は、その陣地作りの過程について書いた章だ。そんな方法をあれやこれやと駆使しながら、最後の章の「スコッチエッグ」で、私は今後の生き方の課題について、おおむね三つにまとめている。

ひとつは、「三枚の古い皿」「紫の猫」などに登場する、猫たちとの関係。飼い続けている猫たちと、庭にいた子猫たちを育てて、人に渡すまでの話や、かつて訪れた猫グッズの店の話。そして少なくとも当時飼っていた猫の最期をみとるまでは死ねないことだけは、はっきりしていた。それは私の「余生」の中での一つの、というより唯一の、大きな区切りになるとわかっていた。

さらに、「よくもまあ!」「しおりとペーパーウェイト」「定規まみれ」でふれる、本業の国文学関係の仕事について。これは、どう未完成でも最後まで続けるしかない。そこにはまた、「うちわのプラカード」「目と耳」に描いた、政治や社会との関わりと、それを生み出した読書体験のさまざまが生み出す、社会的存在としての使命感と義務感もあるのだけれど、これまたそれを晩年のどこまで維持すべきか。

それとも重なるのが、「有機的な関係」「色あせた猫たち」「一人の誕生日」「スコッチエッグ」「叔母のコイン」「額縁とカレンダー」「海老と三宝」「暗い部屋の思い出」など、ファッションやインテリア、年中行事、食器などにまつわる、故郷と生家と家族の思い出だ。そこにはまた、一族の一員としての、そこはかとない責任感も存在した。

「スコッチエッグ」では、この三つに加えて、私が自分にしかできない、やめられない仕事として、国文学研究とは一線を画す、さまざまな創作活動について続けざるを得ない理由も記している。以下、「スコッチエッグ」から引用する。

 

「結局、その三つにしぼってみても、なぜか仕事は減らないで前より増えて行っている気もするが、まあそれはしかたがないとあきらめた。一族の金庫番ならぬ文書番、研究者としての歴史や社会への責任、それもめざしたわけでもなく、いつのまにかひとりでに引き受けて、背負って来た役割だったが、それと同じくらいかそれ以上に、私は夢を見、空想をつむぎ、それを現実とないまぜながら言葉にして行く、創作者としての仕事を、誰かに、何かに、与えられている。前の二つを極限まで減らしても、最後の仕事は多分死ぬまで私から取り除かれることはないだろう。無と空白の中から、何かを生み出すために、虚空に向かってどこまでも、私は飛んで行くしかない。」

「かつて『断捨離停車駅』の最後で、私は老後の最後に自分が時間を捧げるのは、結局は家族の思い出や創作活動ではなく、学問研究だろうと結論を出した。しかし、その研究をどれだけ他人に引き継いでもらうかと思って整理しているとき、あらためて、私が他の人に引き継げないもの、たとえ中途半端に終わろうと最後まで自分で続けなくてはならないものは、結局は私自身の創作活動と重なる、独自の、独創的な感覚や哲学に関わるものでしかないとわかった。」

そして、最後の「あとがき」では、あらためて、この四冊のシリーズに共通する「資料廃棄事件」が残した課題について、今後も考え続ける決意を示して、全シリーズをしめくくっている。使っている写真は、長年必死に集めた資料やノートのファイルを、ひとつひとつ解体してごみに出して「断捨離」したご家族が、外してとっていて下さった金具の山だ。私が仕事の大変さに感謝すると思われたのか、まとめて渡して下さったその金具が、私には今でも愛するものの死体から外された、血染めの髪や爪や歯や骨のかけらに見える。

だからこそ、決して手放さない。悲しみも恨みも憎悪もないままに。なぜこんなことが起こったかという、大きな謎を忘れないで考え続けるために。
 死ぬまでに、その解答がみつかるだろうか。「あとがき」から引用する。

「救われないのは、そのとりかえしがつかないほど私の人生の過去と未来を破壊したご家族を、私は人間として信頼していたし愛してもいたし、それは今でも変わらないことだ。動物を愛し、家を大切にし、本を愛していたご家族だった。その方々が私に寄せて下さっている好意も尊敬も、私はまったく疑わなかったし、それもまた、今も変わらない。」

「(この事件のことを聞いて、自分のことのように怒った友人、知人、同僚、教え子など)私にとってかけがえのない人たちは、私がそのご家族に対して、決定的な怒りを持たず、決別もしないでいることに、不可解さと私への一種の疑惑というと大げさだが、『わからない』という距離感を感じられたかもしれないと、ふとかすかな吐息がもれる。」

「実は私にも、わからない。ここまで完膚なきまでに私の人生を破壊したのが、私への好意や愛をまったく疑えない、生き方も暮らし方も快く立派な方々であったというのは、いったい幸福なのか、不幸なのか。人生において解決できない問題が、この年になって大きく立ちはだかって来たようにさえ思う。
 多分、こんなことは世の中には、そう珍しいことではないのだろう。そして、そういう矛盾をこれまで抱くことがなく、拒絶し嫌悪する人は、きっぱりあっさり切り捨てることが比較的明確にできていた私自身へ、与えられた最後の課題なのかもしれない。
 私はこのファイルの金具を、どういうかたちであれ、すべて保存しておく。この問題の解答を、私が見つけられるまでは、何度でも見つめて、ながめて、考えつづける。捨てられたもの、失ったもの、奪われたもののすべてを忘れないためにも、そうすることを決意している。」

なお、いろんな写真のあちこちには、去年の八月亡くなった、私の最後の飼い猫カツジがちらほら映っています。いちいち申し上げませんが、どうぞ探して、お楽しみ下さい(笑)。

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カツジ猫