「江戸の戯作絵本」はお勧め
すっかり遅くなってしまったが、この前の日曜の大河「べらぼう」は、いろいろ楽しすぎた。何より天下のNHKのゴールデンタイムの画面で、江戸の黄表紙の筋書き通りの場面を一流の俳優たちがまじめに?やってくれるのを、生きてる内に見られようとは思わなかった。長生きはするものである。それにつけても、中村幸彦先生、中野三敏先生、その他の先生がたが、ごらんになったら、どう面白がったか笑われたか、どんな警句を吐かれたか、見たくて聞きたくて知りたくてしかたがない。
劇中劇で名優たちが悪乗りして演じてみせたのは、黄表紙の代表作とも言える名作、山東京伝の「江戸生艶気樺焼」。前にも何度か紹介したが、この「恵まれた環境の醜男が、不幸な色男になってみたくて、金の力でそれを実現しようと努力する」という、究極のでんぐり返しの滑稽さは、ハックルベリーやドン・キホーテとも共通する、ロマンティックな生半可知識人の姿を、これ以上はないほど自然に巧みに描いていて、あまりに上手すぎるものだから、不自然も異常も普通に見えて、どこがおかしいのかわからなくさえある、京伝のものすごい才能が横溢している作品だ。
「べらぼう」のハッシュタグをのぞくと、この主人公のしょうもなさを、それなりに現代的なものとして理解し楽しんでいる人も多いけれど、中には「どこが面白いかわからない」と言っている人もいて、それは不思議じゃないと思う。この作品はめちゃくちゃ変な話が変に見えないマジックがかかっていて、むしろ、ちょっとわかりにくいのよ。そこが京伝のすごさなんだけど。私も学生のころに読んだときは、「そんなにいいか?」と思ったもの。そりゃ、「心学早染草」や「莫切自根金生木」の方が、初心者にはずっとわかりやすいよ。「金々先生栄花夢」だって、まだ。
ただ、こうして、劇中劇などで遊ぶには、たしかに「江戸生艶気蒲焼」の方が最高に楽しめる。これを田沼政治や悲運の女性の悲しみとからめた大河の脚本も、みごとだし笑える。ドラマではカットされた、この黄表紙のラストも、ハッピーエンドのご都合主義で何ともほのぼのしていいのよね。
そしてこの、わけのわからん奇妙な逆転現象の世界も、何やら今の政治状況や社会状況の奇妙奇天烈な図式とどこやら重なって、不気味で苦い効果もどこかで伝えて来るのよね。そこも名作の所以なのかもしれないけど。
「他の黄表紙も読みたい」とネットで言ってる人も多くて、検索すればそれなりにあるけど、一番みっしり作品がつまって、注釈や解説も充実してるのは、文庫本三冊の、このシリーズかな。「江戸の戯作絵本」てやつ。十年ぐらい前に出たのが再版されたらしくて、文字が小さくて見にくいけど、若い人なら平気でしょ(笑)。絶対に買いです。持っていて損はないです。
編者の皆さんはいずれも錚々たるメンバーですが、中のひとりの中山右尚さんは、大学の先輩で親しくしていただいてました。たしか銀次か銀太とかいう大きな猫を飼っていらして、「去勢手術のあとで帰って来てふらふらしてるのを見て、絶対最後まで面倒みてやらなきゃと思った」とおっしゃってました。中山さんはもうお亡くなりになったし、猫さんも天寿をまっとうしたのだろうと思います。
この三冊のシリーズの旧版つまり初版が出たとき、中山さんは私たちにこっそりぐちって、「出版社の編集担当の女性がとても有能で熱心で、びしばし原稿を取り立てるので、編者の皆はアヘアヘしていて、その女性が出産のために入院したので、これでやっと息がつけると皆がほっと一息ついていたところが、女性は病院から電話で、まったく変化のない苛烈さで原稿を取り立て、編者の先生方は皆、あてが外れてがっくりした」とおっしゃってましたっけ(笑)。
そんな有能な女性編集者のお名前も(私の本でも全部そうですが)、本のどこにも残ってはいません。でも、編者の大先生がたのお名前を、今見ると、その話を思い出して、ついにまにましてしまいます。
ついでに言うと私はその話を、当時の地域の方々との研究会のときにばらしました。そうしたら、参加者の奥さまたちが、「あー、出産の時の入院て別に病気じゃないから、元気でひまなんですよ。それは電話で原稿の取り立てをするのに一番いい環境ですよ」とおっしゃって、はー、そんなもんかと感心したのも覚えています。
写真は庭にちょこちょこと咲くバラ。
