1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. 「自壊する帝国」感想など

「自壊する帝国」感想など

◎佐藤優の「自壊する帝国」、ソ連が崩壊したのはなぜかを知りたくて読んだのだが、実に面白かったし、作者が猫好きらしいのも大変うれしいのだが、結局のところソ連がなぜ崩壊したのかはわからなかったので、もどかしい。崩壊して行く実情や情報は豊かで生彩があるだけに、なおのこともどかしい。

ばかばかしい感想から書くのだが、よくもまあ皆でごちそうを食べてばかりいるなあというのが実感だ。こんなにうまいものを食べまくらないと、あるいは食べさせないと必要な情報は手に入らないのだろうか。うちの田舎の50年ほど前の村の政治と、まるで変わらない。

そもそも作者が外交官として有能で、人よりすぐれた情報をとれるのは、結局のところ「人脈」で、と本人が書いているからそうなのだろうが、それはもう、何といおうか、困った事態だなあとしか私は言いようがない。
受け付けや秘書の女性にまめにプレゼントをしておくとか、とっさの時に小銭を確保しておくことが大切とか、リアルで面白いのだが、これまた昔の村会議員なみのセンスというかレベルというか、本当にそんなことなのかいと、うなってしまう。

その一方で、そうやってごちそうを食べながら、政府の要人や市井の知識人や活動家が語ることの内容はダイナミックでパワフルなだけでなく、宗教や民族精神、その他もろもろ、非常に哲学的で高尚である。政治にたずさわる人々、特に支配する側の権力を持つ人たちが、それぞれに信ずる思想や宗教や道徳を持っているように見える。日本の場合、とてもこうだとは思えない。
宗教が政治に関わるのは、いろんな問題もあるのだろうが、日本の場合、公明党とか創価学会とか幸福の科学とか(いっしょにしたら、双方から文句が出そうだが)はともかく、政治家が信仰もしくはそれに匹敵する人生観や哲学や美学を持って、その実現のために努力しているという印象がないなあ。特に権力を持っている人たちの場合。

そして、ソ連がそうなのか世界政治がそうなのか、まったく女性の影がないな、政治の世界に。アメリカやヨーロッパではまたちがうのだろうが、これだけ女性が昔ながらの添え物としてしか存在しない作品世界というのも、いまどきなかなか珍しい。日本もこれに近いのなら、そりゃ田中真紀子や小見山さんや川口さんも大変だろうと思ってしまう。

◎もうひとつ、もどかしいのは、それこそが外交官としての有能さなのかもしれないが、作者の佐藤氏が緻密に考慮し計算して話しているのがどことなくわかって、「本当のことは話してくれていないなあ」と痛烈に感じさせられるからだ。別にそれが悪いのではないが、実に豊富な活動や秘密めいた情報をどんどん書いてくれているようで、その実決して不用心に書いているのではないなということが伝わって来て、それこそソ連がそうであったと言われるような、強力な思想統制、情報規制下におかれているような気分になってくる。

◎作者の他の著書には書いてあるのかもしれないが、作者の本当の心境がまったく見えない。キリスト教徒でもある作者だが、そういう信仰を持つか持たないかに関わりなく、何らかのこだわりとか、生きて行く上での信念とか、夢とか、そういうものがないわけはないのだが、それが、多分あえて書かれていない。
帰国後、投獄されて一年余り獄中にいたとき、彼は200何十冊かの本を読んだそうで、それは少々うらやましいのだが、その際に彼は「人は安きにつくものだから」というような理由で文学書を読まず、その他の学術書を読んだという。そういうものかと感心はしたが、そこで文学書をさける姿勢は、判断や戦略としては多分正しくて聡明なのだろうが、むしろ彼が自分の弱点を知っていたからのように思えてならない。人間として一番危険な根本的な部分に向き合うことを警戒したように見えてならない。

◎これは、有能で優秀な仕事人、職業人の記録だと思う。でも語られていないことが、あまりにも多い気がして、くりかえすが、もどかしい。
全然ちがうかもしれないが、橋本治の著作を読んでいるときに時々感じる「全部は話してくれてないなあ。私のような人間にはこの程度でいいと思っているんだろうなあ」といった気分に似ている。そして、まったく水準はちがうが、この私に対しても、人はときどき、そう感じているような気もして、さらに、妙に悩ましくなるのだ。

Twitter Facebook
カツジ猫