「追想」って映画。
数日前、ぼけっとテレビを見ていたら、「追想」という古い映画をやってました。村がナチスに占領されて、家族(奥さんと娘)を殺された、温厚そうな中年男が、たった一人で復讐をする話で、なんかもう、いろいろみょーにひきつけられて、深夜まで見とれてしまいました。
変な味わいの映画なんだよなー。とても、きめこまやかで優しくてあたたかい。画面もとても美しい。憎悪と怒りに燃えている主人公の男性は、とことん容赦なく単身、敵を殺して行くんだけど、なんかこう、英雄でもなきゃ復讐の鬼でもなく、彼が的確に着実に敵を殺して行くというのに、まるで人間性を失っていく感じがしなくて、むしろどんどん彼は人間的に豊かに優しくなっていくような気がする。
表情が、まるで狂気じゃない。最初の20分ぐらい見逃したんで、あとでネットで調べたら、あ、まあ後半見ててもわかるんだけど、彼ってお医者さんだったんですね。それも、とても人道的で穏やかな。そのまんまのたたずまい、表情なんですよ。冷静に残酷に殺しまくりながらずっと。庭の害虫でも駆除してるような、静かなぼんやりした顔してて。
ラストでちょっと精神崩壊してるんかな、この人、みたいな描写はあるけど、ほんとに完全に狂ったわけでもないみたいだし、ずっと、とても普通の人なんですよね。
私が見始めたときは、ちょうど彼が妻と娘の死体を見て、その無残な殺され方を推測して、復讐を始めるとこだったんですけど、まあ彼の想像の中でですけど、奥さんたちはそれはもう残酷に殺されてるわけです。
以下ネタばれ、って、あ、もうすでにめちゃくちゃばれてますが、奥さんは火炎放射機で正面から焼き殺されるって、あんな死に方はしたくない典型のひとつなんですけど、その時の奥さんを焼くドイツ兵の顔っていうか、しぐさっていうかがですね、これがまたなんかこう…楽しんで残酷なことしてる風でもないし、仕事とわりきってる風でもないし、狂気じみてる風でもないし、なんかこう、あれあれあれって感じで人を焼き殺してしまう。
戦争ってこういうもんなんでしょうけど、ものすごいひどいことなのに、はい?って言いたくなるぐらい、夢の中のようにむぞうさで、すーっとそういうことが、できちゃう。
もちろん、それを見た(知った)主人公はすごく嘆くけど、そして彼もまた、何のためらいもなく敵を殺して行くのですが、それを見てる私たちも、だからなんかこう、ぼやあっと楽しいのですね。ひどい話なのに、全然不愉快じゃない。
主人公の医者は田舎に古いお城を持ってて、そこに奥さんと娘を疎開させてたのがアダになるんだけど、ドイツ兵たちはまあ20人ぐらいかな、もっとかな、そこを司令部にして住んでるんですね、奥さんたちを(村人も全部)殺したあとで。
この城が濠でへだてられた山頂にあって、粗末な橋を落とされたらもう周囲から隔絶してしまう。だいたい、そもそもあんな危険な場所に司令部をおくようなバカに殺されるのが私ならがまんできないとこですが、とにかく主人公はその城の主ですから、くまなく知ってるわけで、狩猟用の散弾銃を武器に、あちこち城の中を動き回って、面白いように敵を殺して行く。
この城がまた、質素な感じのいい城で、とても魅力的なんですよ。そんな美しい場所で、絶対殺してもかまわないような相手を、上手に次々殺して行く主人公がまた、ほんとにいい人で普通のおじさんで、途中でメガネがこわれて代わりのメガネを取りに城の自室に行ったり、こう、ガーデニングか料理のように大量殺人をしてて、それが全然不快じゃなくて、ずっと妻や娘の思い出がはさまれるのもあって、とても快い哀しい美しいものを見てるような気持ちになるの。うまいっちゅうか、恐いっちゅうか。
「冒険家たち」の監督なんですね。だからか、あの不思議な夢のような美しさと悲しさは。
「イングロリアス・バスターズ」のタランティーノ監督がインスパイアされた映画のひとつってことで、放映されてたようなんですが、なんかタランティーノが魅せられたのが、よくわかる気がした。「イングロリアス・バスターズ」もたしかに、どっか似た雰囲気はあるんだけど、もっと卑俗でがさつで品がよくない。まあそれが、あの映画はいい持ち味なんですけどね。「追想」は、なんかすごい。品があって、優しくて、暖かくて、とことん非道。よくハリウッド映画が作る似た設定の復讐劇のきめの粗さとは、比較にならない。
全部見たいなあ。当然、近くのレンタルビデオ店にDVDはなかったけど。