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「風俗」ということば

◎大阪市長の慰安婦問題についての弁明を聞いていると、たのむからもうこれ以上、話をややこしくしないでくれと思う。その一つが「風俗」ということばの使い方だ。

これが現在、正確にはどういう意味で使われているかさえ私はよくわからない。ことばとは時代によって意味が変わって行くものだから、本来の意味や昔の意味にそうこだわる気もないのだが、たとえば売春とか性を売り物にするとかいう、かなり漠然とした範囲をさしながら流動していることばであって、まだ責任ある立場の人が責任ある発言に使っていいほどの、明確な定義はかたまっていないというのが、私の今の印象だ。

◎10年ほど前、同僚の平安文学の教授が学生の卒論のテーマに、平安時代の風俗を研究したらどうかと言ったら、その学生が「風俗、ですかあ?」といやそうな顔をするんだよね、と肩をすくめる感じで話していたことがある。多分、そのころから、このことばに、そういう、ある種のいかがわしい意味がつきまとい始めたのだろう。

しかし、もともとは日本文学研究の中で、「風俗」ということばにそんな意味はない。
ではどんな意味かというと、これがまた定義しづらい。生活文化というような意味で使われることもある。私の専門の江戸時代では、西鶴の小説などにも、「風俗」の語はよく登場していて、これは現代語訳しづらい。

まちがっているかもしれないが、学生のころの演習でいろいろ調べて私が納得しているこの語の意味は、男女を問わず、単に顔かたちやスタイルとかいう、はっきりした外見だけではなく、それもふくめた服装や髪形や化粧や香りや、身につけているもの全部からかもしだされるある雰囲気、さらにそれ以上の、言いようのない全体の感じ、オーラ、までさすこともある、その人なりの魅力、のようなものである。非常に口で言いにくく表現しにくい、センスやなりふりひっくるめての印象だ。

こういう、いわく言いがたいことを、このようなことばで、とらえたようなとらえていないようなかたちで、とにかく表現するのは、注釈者泣かせ、翻訳者泣かせではあるが、ある意味、文化の深さをも示している。
そういうことばだから、たしかに遊女や役者に関して使われることが多いし、売春という世界の近くにあることばと言えなくもないが、決して今使われている、水商売関連(と言っていいのか)をさす言葉ではなかった。

◎最近は「そんな細かいことを言われても困る」「専門家に解釈はまかせる」と言う政治家も多いようだが、少なくとも何かについて発言する際、定義が自分の中で明確になっていない言葉は使うのを避けるのが、責任ある立場の人の最低守る心がけだろう。
ましてや、今回のように、その自分の発言の真意が誤解されたと説明するのに、こんな、もともとあいまいな言葉の意味をどう解釈するかをよりどころにするのは、それこそ砂の上に基礎工事もせずにビルを建てようとしているようなものである。
まあ、それで話を混乱させ、人を煙にまいて、すべてをうやむやにしようという、本能的な無意識の確信犯(おかしな言い方だが、この人の態度には、これが多い)であるのなら、もう何をか言わんやだが。

「アメリカとの文化のちがい」を云々するのも同様で、ことばや文化の差を、こんなところで、こんな風に持ち出すものではないだろう。自分のきめの粗い、だらしない、たれ流しめいた発言と、その背後にある残酷で冷たい感覚を、文化や言葉のせいにするのは、本当に英語にも日本語にも失礼だ。レイプされているのは文化と言語でもある。

◎毎日新聞によると、自民党の誰かが、大阪市長のこの発言は、「政府の見解をかばって、たてになってくれた」のだと言ったとか。正直と言えば正直だが、どうして、これほど次から次へと、おぞましい言葉の数々が登場して来るのだろう。ほとほともう、日本語に対して申し訳ない。

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カツジ猫