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『映画で味わう中世ヨーロッパ』感想もどき

図師憲忠氏編著の『映画で味わう中世ヨーロッパ』という本をいただいて、何から何まで面白く読んだ。アーサー王伝説、ロビン・フッド、ジャンヌ・ダルクなどなどの歴史的題材を描いた多くの映画をとりあげて、それに関連した歴史や伝説、風習や武具や戦闘などなど、一流の専門家の研究者たちが、思い切り徹底的に語っていて(というか論文を書いていて)、書いている方も楽しかろうが、映画ファンにも歴史ファンにも、これほど贅沢な本はない。

とりわけ、とりあげられている映画の数々が、私が若くて体力も好奇心もミーハー精神もありあまっていたころ(金と時間はなかったにせよ)、一人で、あるいは友人と、博多の町のあちこちの映画館に入り浸って、居座って、時には何度も見た作品であるのが、もう嬉しすぎる。『薔薇の名前』『冬のライオン』も、何度くり返し見たことか。『冬のライオン』では、もともとピーター・オトゥールが好きで見に行ったのに、次男のジェフリーを演じた俳優と、フランス王のティモシー・ダルトン(のちに007の何代目かを演じる人)に夢中になって、何度も通い詰め、セリフも覚えて(一九一ページに引用されている「アイノウ、ユウノウ」にはじまる一連のやつなんか、もう大好きだった!)言い合って楽しんだ。単に知識や映画としての作品を楽しむだけではない。私の青春がそのままよみがえって来るような、若返りの薬を飲んだような歓びを何度も味わった。

その後かなり経って、その友人も私も就職し、私は一人で映画を見まくっていた。そして「グラディエーター」の映画でラッセル・クロウにはまり、今度は顔も知らない同じファンの人たちとファンサイトで、熱のこもった交流に溺れた。
 ラッセルはその後、この本にも取り上げられた映画でロビン・フッドも演じるが、「マスター・アンド・コマンダー」「ビューティフル・マインド」などで共演したポール・ベタニーは、これまたこの本に新しい異色作の騎士物語としてとりあげられている「ロック・ユー!」でも好演して、ラッセルファンの多くと同様、この映画も私は楽しんだ。

今は年も取って、友人も私も映画をすっかり見なくなった。この本で紹介される、新しい観点での十字軍の映画なども、紹介を読むだけで胸が躍るが、見に行く機会があるかどうか心もとない。
 それでも「薔薇の名前」の映画に関して、当時の写本の作られ方が羊皮紙の製造から何から詳しく書かれていたりすると、もうその細かさの贅沢さに笑ってしまう。うっかりすると気づかないが、これだけ専門的で広範囲な内容の数々が、ごく一般の読者にもわかりやすく、平易で魅力的に綴られているのも、すごいことである。よほどどなたかが気をつけて編集されたのか、皆で検討を重ねたのか、それぞれが得意で好きな分野と言え、それを成功させる人間関係のよさというか信頼関係というかも、うかがわせる。

必ずしも史実を題材にしたものばかりではなく、そういう雰囲気を背景に作られた「指輪物語」などについても大きく取り上げられている。そこには私が昔からロビン・フッド伝説や水滸伝に共通して感じていて中公新書「平家物語」の中でも指摘した、正義の勝利とその後についての考察などと共通する内容もあって、これもまたわくわくせずにいられなかった。

もっともっと書きたいことがあるが、さしあたりこれまでに。とにかく映画好きな方、西洋史が好きな方、オタクの方は、ぜひ買って読んで見て下さい。調査し、比較し、資料を集め、検討し、考察することがどんなに楽しいか、そうすることでしか得られない真実を目にし、手にすることがどんなに毎日を豊かにするか、血液が濃くなるような実感を得られます。

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カツジ猫