いい眺め
これは湯船から見た風景なんだけど、貼るとこがなくて、苦し紛れに風呂場の壁(マグネットになってるって最近知った)にはっつけたクリスマスの手ぬぐいが、鏡にも映って何だかとても楽しい。
こうなったら、今後も季節の手ぬぐいをこうやって貼ったらいいかもしれない。いっそ富士山の模様のを貼ってみたりして(笑)。
ラジオの政治資金に関する報道を聞いてるが、いったい誰も彼も、共産党が政党助成金をいっさい受け取ってないことを言ったらいけないって、タブーでもあるのかね。
明らかに、そのことを言った方がわかりやすいという流れでも、断固として、そのことを口にしないのは、ほんとに何の都合なんだろう。
それから、つくづくうんざりするのだが、自見大臣の派閥離脱の報告を聞いてると、首相に敬語を使うわ、身内に敬語を使うわ、「国民が自分たちをどう見ているかを日夜気にしている」とか言うわ、もう見てる方向がまったくちがう。自分がどう見られようと、国民のために何をしたらいいのか、何をしたいかが、まったく頭の片隅にもない。
誰かも言ってたが、萩生田議員の「これからは一兵卒としてがんばる」って、それも何だよ。誰に何につくす気だよ。国民とか未来とか世界のためとはとても思えない。そういうイメージの中で出て来ることばじゃ絶対にないだろ。「一兵卒」なんて文言は。
これは主君や上司や自分の共同体や仲間につくすことしか考えてない人間の発想ですよ。身の毛がよだつわ。あのな、あの大谷選手だって、「ドジャースのためというだけでなく野球全体のために」とか言ってませんでしたか。差別発言を承知で言うけど、たかが一介の野球選手の若造が、それだけ広い視野と展望で、ものを見て、発言してるんですよ。それが日本の最高の権利を持つ、最高の責任を持つじいさんが、何という視野の狭さ、発想の貧しさ、人間の器の小ささ。ため息が出て恥ずかしくて、情けなくて、許せんわ。こんなアホらの跳梁する政治を作ってしまった自分が。
一方で、ゴミノートが、あいかわらず、何の目新しいこともない、しょうもないことを書いてくる。最近は、私のツイッター(X。この名も嫌い)の画面の表示からは消せることがわかって、速攻で見たとたんに汚れた便器を洗うように削除しているから、ちっとはましか。