うさの、まだむさん(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
きのうとけさは、すこし、あたたかだったので、
かいぬしは、にわの、くさとりをしました。
「しまった、ここに、まいとし、あねもねがさくのを、わすれていて、
みずをやらなかったから、ねっこが、かれてしまったろうなあ」と、
くやしがったりしていました。
つぎつぎに、てきとうに、あいたところに、なにかうえるもんだから、
わからなくなっちゃうらしいです。
しごとをしながら、かいぬしは、ぼくに、はなしかけて、
「あんまりちかづくと、まちがえて、はさみでしっぽをきりそうだから、
すこし、はなれておいで」とか、いいます。
ぼくのことは、みえてないはずなんだけど、
なんだか、けはいをかんじるのかな。
このいえには、もう、いきている、ねこはいません。
さいごのねこだった、ぼくが、きょねんのなつ、しんでから、
かいぬしは、どうぶつはかわないことにしたみたいです。
「だって、どうかんがえても、わたしのほうが、さきにしにそうだし、
ちゃんと、せわをする、じしんもないし、
あとのじんせいは、おもいきり、じゆうに、くらしたいし」と、いっています。
かいぬしのめには、みえないけど、
このいえでくらしたねこや、いぬは、
まだみんな、かいぬしのそばで、ふつうにいっしょに、くらしています。
ぼくたちのことを、おぼえているいきものが、いなくなったら、
ぼくたちも、ほんとうに、きえるけど、
かいぬしが、いきているあいだは、まだ、きえません。
かいぬしが、しぬまえに、なにかに、うまれかわることもできるけど、
まだとうぶんは、みんな、ここにいます。
このまえは、なんびきかの、せんぱいと、かいぬしの、くるまにのって、
かいぬしが、こどものときにすんでいた、いなかのいえに、いきました。
「うさ」というところの、えきにちかい、かわのそばのいえです。
そこに、いますんでいるひとが、かっていた、いぬと、ねこも、
このまえしんで、かいぬしがこどものころに、いた、ねこや、いぬも、
みんな、いっしょに、おおきな、ふるいいえや、
まわりの、たんぼや、かわで、のんびりあそんでいました。
まとめやくは、おおきな、ふわふわの、しろのおおい、みけねこで、
「まだむ」というなまえの、ようきで、たのしい、めすねこでした。
かいぬしのいえに、かえってから、しょだいねこの「おゆきさん」に、
そのはなしをすると、おゆきさんも、このいえでしんだあと、
なんどか、かいぬしについて、いなかのいえにいって、
「まだむさん」とはなしたこともあるといって、
なつかしがっていました。
おゆきさんは、まだむさんのように、ふわふわじゃなくて、
けはすこし、ぱさぱさしていて、こがおで、みみと、めがおおきく
きゃしゃなのに、おしりが、どっしりしている、
はくりょくのある、きじねこです。
まだむさんと、どんなはなしをしたのかきいたら、
こんど、はなしてくれるそうです。
むかしだったから、まだむさんのしゃしんは、このいちまいしかありません。
かいぬしのともだちの、おとこのこが、とっていたしゃしんをくれたのだって。
そのひとも、ちかくで、がそりんすたんどや、そうぎしゃをして、
かつやくしていたけど、びょうきで、もうしんだそうです。
かいぬしは、そのしゃしんを、ひきのばして、おもやのかべに、かけています。
いっしょに、うつっているのは、まだむさんのこどもの「こみー」で、
おとなになってからも、おやこで、ずっと、なかがよかったそうです。
