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うまいことばが見つからない。

◇これまで何度か、「立憲民主党の候補者が足りなくなるかもしれないから、比例は共産党へ」という書きこみを紹介し、私もそのように言って来ましたが、これについて、立憲民主党のかたから「自分の地域では比例票は余らないだろう。足りない」、共産党のかたから「そのような理由での戦略的な投票ではなく、本当にこの党がいいという理由で共産党を選んでほしい」との指摘がネット上でありました。
いずれも党からの公式なものではなく、個人のかたの意見のようですが、これに応じて、戦略的投票を呼びかけた人たちの多くが謝罪し、記事を取り消しています。
私もお知らせし、訂正とお詫びに代えます。
すでに、この情報を反映して期日前投票をすまされた方には、本当に申し訳ありませんでした。

しかし、この共産党の言ってること、あたりまえのことではあるのだが、この未曾有の激戦の中で聞くと、むかーしの西部劇の正義の味方が、倒れた敵を撃つのを待って、手をのばして起こしているような、余裕に仰天しそうになる。
ちゃんと先の読みもあるのだろうし、これで行くしか武器はないという王道の選択だけで勝ってきた経験値もあるのだろうが、とにかく余裕ということばしかないというか、それでは決して充分に表現できない驚きを感じる。
立憲民主党の方も、できて間もないこの時期に、「足を引っ張るな」的激怒ではなく、冷静な反応ができるのも、これまたすごい。
おたがい、思うことはいろいろあっても、それをきちんと抑えて最高の結果だけを、ひたすら見つめて動くという、大人すぎる対応に信頼感と安心が生まれる。

◇私は人間をそんなに信用してるわけでもないので、状況次第ではどんな人でも、見ていて呆然とするほど低劣で卑劣で下品な行動をすると思っている。
以前、いくつかの大学に勤めたとき、本当に目をおおうようにひどいことが横行していた大学と、嘘だろうというぐらい紳士的に立派に人間としてのマナーやルールが守られて、研究者や人間としての尊厳を誰もが自然に保っていた大学と、両極端な両方を見た。
そして、いっちばんもう、印象的だったのは、そこにいた個人個人の先生の人柄や素質は、どっちの大学でも大して変わらなかったことだ。立派な方の大学の先生たちが特に高潔だったわけでも、ひどい方の大学の先生たちが特に悪質で粗悪だったわけではなかった。人間としても学者としても、ほんとに程度はどっこいどっこいで、まったく両者に差なんかなかった。

それをどう解釈したっていいけれど、少なくとも今回立憲民主党や共産党が、これだけ信じられないほど政治家として人間として冷静で、とるべきふるまいをわきまえているのは、やはり、今やっていることと、進んでいる方向が正しいからだろうな、と私は自然に確信する。
どんな場所でも状況でも、守るべきことをきちんと守り抜く人はいる。
でもそれとはまた別に、めざす目的と、進む方向が、人を作るということはある。

◇それもあってか、混然とした情勢の中、立憲民主党は勢いを増しており、共産党も復調しつつあり、アベの人気は下がり続けているようだ。
新聞テレビ週刊誌のやかましい予測や分析に動揺せず、「傍観者でなく参加者として」(石川捷治先生の講演より)投票日まで私はするべきことをする。

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