おはぐろとんぼに囲まれて
ときどき妙に涼しい日もあるので、庭を何とかしたいと思いつつ、なかなか手をつけられない。中庭の塀際のやぶをどうにか八割ほど切りはらい、奥庭も少しだけ草を取った。この奥庭の行き止まりは、青い椅子をおいて、木陰を作って本を読んだりお茶したりしていたのだが、去年あたりからその上の空き地に勝手にハゼの木が数本生えた。最初は短い内に切り倒して、どうってこともなかったのだが、何しろ基本的には他人の土地なので(持ち主は地元の方なのだが、本当に飛び地というか何の役にも立たない斜面で、当然ながら放置されている。放っておくとものすごい藪になるから、私は自分の庭の草や木の切ったのを廃棄する場所に使っている。それで、その内に枯れてしまうし、うまいこと草が茂るのを抑えてとめているから、まあおたがいにいいんじゃないかと思っている)、ついそのままにしておいた。
そうしたら、何本も似たようなハゼの木が生えだして、空き地はほぼ林となり、最初の木はそこそこの大木になって、空き地と私の休憩所を屋根のようにすっぽり包んで、昼なお暗い一角にした。こんなことになるとは思わず、私も空き地の境界に柿やサルスベリなどの勝手に生えた苗を植え、椅子の反対側にはもとからヒメシャラとスモークツリーを植えていたのが、これまた勢いよく茂りまくり、もう知らんぞという状態になっている。
ここでまた、お茶を飲んで好きな本でも読みたいという野望を捨ててはいないのだが、時間がないのと、当然ながら蚊の大群が発生して、時間によってはものすごい攻撃をくらう。水まきをするのもやっとで、逃げ帰って来る他はない。
まあでも、その内何とかしたいとは思っている。蚊のいない時間帯もあるはずだし、最新の蚊取りで防御してもいい。
写真で見ると、まあまだ何とか見られるんですけどね、この場所。



で、なぜか、しばらく前から、ここはおはぐろとんぼの天下になっている。涼しいからか何なのか、いつもいっぱいひらひら飛んでいる。なつかしい。私の育った田舎の家の、離れの裏の狭い空き地には、桜の大木が並び、毎年、水仙が咲き乱れた。家族も友だちも知らない場所で、いつも私は一人で、花の中で空を見上げ、のんびりと、とりとめのない空想にふけった。広い庭のあちこちは、後にときどき写真も撮ったが、この細い壁と塀の間の空間は写真も何も残ってはいない。壁には窓もなく一面のざらざらなセメント、塀は大きな重々しい石の高い、まるで城壁のようなたたずまい。誰もめったに訪れない不思議な異空間だった。でも、草も生えていなかったし、祖母か植木屋さんが、それなりの手入れはしていたのかもしれない。
そこにもなぜかいつも、おはぐろとんぼが飛んでいた。庭の他の場所ではあまり見かけなかったが、そこにはいつも何匹もひらひら飛んでいた。漆黒の羽と緑の細い胴体。私はそれをながめながら、長いような短いような時間を過ごした。土を掘っただけの大きな溝もあったから、どことなく、あの世や黄泉の国からの使者のような、神秘的でなつかしいたたずまいで、おはぐろとんぼは飛んでいた。
場所としては、そんなに似ているわけでもないような、どこか似ているような微妙な場所だが、緑の中でおなじみの黒と緑の姿に包まれていると、時がどこかでつながって細く流れているような、愉快な気持ちになって来る。
さて、話は変わって、参政党はナチスそのものだ、というのはもう普通に言われはじめている。これに対して党首やその他が「ナチスとちがう」「ナチスの何が悪い」のどっちも言わないのは、たちの悪い三流の妖魔が、世間の反応と気配をうかがって、どっちにしようか迷ってるようなもんだろうと私は勝手に空想している。
だが、こっちもこっちで、やや不安なのは、いったい「ナチスと同じ」って言い方は、まだこの現在そんなに有効なのだろうかということだ。まあイスラエルの現状を見てぶちきれてる私のような人間はさておき、もう今の人たちの間では、特に参政党みたいな近代史も古代史もまるで知らないとしか思えないような政党の支持者とかの間では、「ナチス」「ヒットラー」というのが、どれだけ絶対悪の象徴として、断じて戻っちゃいけない地点として、即座にわかるものなんだろうか。原爆だって沖縄だって、なにそれみたいな政党だろうが、参政党って。それを何とも思わないのと、ナチスやヒットラーに何も感じないのと、紙一重じゃなかろかと思ってしまうのだが。
そうしたら、ここ数日Xで、「ガス室送り」という語がトレンドになっていて、何ごとならんやとのぞいて見たら、「参政党が天下をとったら、私のような高齢者は即座にガス室送りだろう」とか「子どもを産まない私はガス室送りだろう」「障害者の私はガス室送りだろう」「LGBTの私はガス室送りだろう」などと、皆がこもごも書いているのだった。
思わずも、膝を打って大笑いした。これはなかなかわかりやすくて正確で、説得力があるし、よい意思表示のしかたではないだろうか。そりゃ露骨で趣味が悪いと言えばそうだが、参政党かいわいの下品さには、これでももったいなさすぎるよ(笑)。