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ここに来て、雪

ずっと気持ちが悪いほど暖かだったのですが、天気予報がまたあたって、今日は朝から雪。買い物に出た帰りには吹雪いていました。
正月の用意はまあまあできてるし、ぼんやりのんびり過ごしています。
まあ実際には、上の家の片づけがまだまだで、今日が勝負なんですけどね、実は。

大晦日が燃えるごみを出す日で、収集があるのかなと思っていたら、どうやら大丈夫らしく、ちょうど私のゴミ出し日の網の片づけ当番もそこで終わるので、きりよく新年を迎えられそうです。

コロナとは関係なく、ふり返るのもいやなぐらい、ろくなことのなかった一年でしたが、そこをあえて、十大ニュースでまとめてみるなら、こうなりますか。

1 2月に田舎の書庫に保存していた、晩年の研究用の貴重な本と資料が、親切な方のご好意により、私の知らない間に、大幅に処分破棄されてしまった。

2 それで廃人同様になったけど、見た目は元気に暮らしていたら、政治的社会的に今の私には到底無理な仕事を依頼されそうになり、これはもうわかっていただいていないまま、活動を続けていたらとんでもないことになると、社会的活動からすべて手を引いた。

3 別の方面から仕事の依頼が来たとき、やむをえず上の二つの話をしたら、「晩年の仕事の資料がなくなったのは、社会的活動に打ち込めという天啓では」と言われて、ますます社会的活動すべてから遠ざかる決意が固まり、ついでに教育への情熱もすべて消えて、学生との交流や授業関係の資料も全部廃棄することにした。

4 そうこうしていたら、秋になって突然目の調子がおかしくなり、失明か悪い病気かといろんな検査を受けてみたが原因不明で、その内に回復して来たが、いまだに原因がわからないのが恐い。

5 ご近所でエサをもらっているノラ猫が避妊をされないまま数が増えて、糞害に悩まされ、同じような被害を受けているご家族とともに対策に明け暮れ、お金も時間も使っている内、猫というものへの愛情が、みごとなほどに消えて、虐待する人への怒りも、動物愛護の精神もいっしょにほぼ消えた。

6 まあその中でも庭に親猫が持ってきた子猫二匹は拉致して育てて、二匹とも最高のお宅にもらっていただいて幸せにした。

7 目の状態も含めて、いつ長期入院を余儀なくされるかわからないから、その時に飼い猫の世話をお願いする方を見つけて、彼らの世話を最低限でも保障できる体制を作った。

8 板坂家に関する古い書類や物品を、いずれは親戚に受け取ってもらおうと思っていたが、事情を話してそれを早めてもらい、手放せる限りのものは、送り出すことにした。

9 自分の老後の研究も、もはや大幅に縮小整理することとし、若い人や他の関心のある人に引き継いでいただくように、「いたさかランド」のホームページで公開して行くことにした。

10 「断捨離」シリーズの諸作品は、自費出版と電子書籍で継続中。これ以外に、私にしかできない仕事は有形無形何かあるのか、現在精査して選別中。

うわあ、もうすごいマイナスイオン満載(ちがうか)の一年やなあ。
とにかく、この一年間、私が失ったもの、捨てたもの。
学問への情熱。人類愛。社会的関心。猫への愛。健康。教育への情熱。生きる喜び。未来への希望。はあ、我ながら、よう生きとるわ。

ものすごく救われないのは、これらを私から奪ったのがすべて、人の悪意ではなくて、善意だということです。資料を捨てた人たちは、家をきれいにして私に喜んでほしかったからだし、ノラ猫にエサをやり続けた人たちは優しい心からだったろうし、私に責任ある仕事を持って来た人は私を信頼していたのだし、私を幻滅させたことばは何とか励まそうとしてのものだし、誰も悪人じゃない。ひとつも悪意から出たものはない。

すっごく変な言い方ですけど、このまま私が立ち直れないで、弱ってくたばって、ほろびたら、この優しくて善意と正義感にあふれた人たちのすべてに、私を殺した責任を負わせることになってしまう。(プロ野球のホークスの試合で、若手のエラーをきっかけにエースの千賀が失点したとき、柳田選手が試合中、千賀についてまわって「悪いのはおまえ」「わかっとるやろうな」と言いつづけたと千賀自身が話してたようなもんですね。試合後のヒーローインタビューでも柳田は同じことを言ってましたけど。)それだけは避けなくちゃと思いますけど、正直もうどうしたらいいのか、どこから心を修復すればいいのかわからない。何より目とか体調とか、いつぶっこわれるかもわからない爆弾抱えて生きてるわけですから、やれることはとっとと片づけて、急がなくてはならないのに。

まあさしあたり、生きてることに感謝しよう。とにかく、そこから始めるしかない。
ここまで書いといて何ですが、お読みになった皆さま、くれぐれも、励ましのことばとか、何かそう言った手をさしのべて下さいませんように。ごらんになっておわかりのように、善意と好意の破壊力というのは、想像を絶するものがあります。今のところは、そういうものすべて、いただく余裕は私にはありません。もうね、善意よりは悪意や敵意の方が、いっそありがたいぐらいです。想像するだけでも、本当に。

さてと、こんだけ毒づいた後で、そぐわないですけど、以下の署名をご覧の上、ご協力をお願いします。網にかかって苦しんで死ぬ野鳥たちを救いたいという署名です。

私は実は、これも今年失ったものの一つで、ネットで回ってくるあらゆる署名を無視するようになりました。最後まで何とか読んでいた女性関係や動物関係も、このごろは見ていません。

それもこれも署名したとたん秒速で「まだあなたの助けが必要です」と来るパターンのマニュアルの依頼が、もう寒気がするほど嫌いだからです。つけあがるな、つけこむな!って気分になるのよね。

ただ、このネットにかかる野鳥の話は「シートン動物記」の「赤えり兄い―ドン谷の山うずらの話」を思い出してしまってね、どうしても無視できませんでした。

写真は、叔母の遺した置物の一つ。これ、うずらかな。ようわからんけど。

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カツジ猫