1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. ごうつくばり!

ごうつくばり!

昨日の書き込みで、言い残したことがあるって書いたのは、バス事故のことじゃなくて、最初に書いた、ワイドショーのめんめんの、なーんかこう、「何より生徒の安全を!」って正論を(それはたしかに正論ですが)、上から目線というか、正義の味方っぽく話すのが、自分らに酔ってるみたいで、いやだった、ってことです。

そして、それにつけても、連想したのが、ここ数日の朝ドラ「風、薫る」のヒロインのりんさんの、看護婦見習いっぷりでした。見ていて感じたイライラムカムカが、まるであのワイドショーのめんめんの、浮かれっぷりを見たときと、そっくりでした。

これは、ドラマや役者さんの悪口じゃないっすよ。むしろ、よくできた演出、うまい演技だと思います。あんだけ私をイラツカせるんですからね。
 ただし、どこまで意図的に確信持ってやってるのかは、いまいちわからなかったんですが、昨日のバーンズ先生の、りんに対する「患者といい関係を結んで、感謝されたかったのですか。ゴウツクバリですね」のせりふを聞くと、かなりちゃんと考えた上での設定なのかもしれない。

私はりんが、大きな声で明るく患者に、それも大部屋の中の一人にあいさつし話しかけ、いちゃいちゃかまうのに、最初からもう、ぶちきれてました。「うるさい!」「声がでかい!」「ほっといて、そっとしといてくれ!」「いちいち聞かんで、黙って見ていてわかるのが、あんたがあれほどえらそうにマスターしてた『観察』じゃなかったのかよ!」などなどなど。ほんとに、自分の傷口に響くような痛みをずんずん感じました。

ここ二十年ぐらいの間に、数回入院したことがあって、同じく数回手術もしました。何となく、体験しておこうみたいな気分で、毎回四人や六人の部屋を選びました。お医者さんも看護師さんも、その他のスタッフも行き届いて親切で、まったく何の不満もなく、感謝しかありません。
 ただその中で、唯一苦になったのは、ある患者さんと親しくなっているらしい看護婦さんが、毎日明るい大声であいさつしながら現れて、その患者さんと長いこと、陽気な大声で笑いながらおしゃべりをして行かれることでした。

多分、とてもいい関係を結んでおられたのだと思います。その患者さんだけたまたまだったのか、担当の方にはいつもそうなのかはわかりません。
 しかし、こちらとしては、痛かったり苦しかったり眠れなかったり眠かったりする中で、すぐ近くのベッドでの、きゃははとしか表現できないような笑い声やそこらの喫茶店でも迷惑と言われそうな大声の話し声は、ただもう拷問でした。(多分、見舞客の応対やスマホの使用は、別の部屋で行うように決まっていたと思いますが、きっと看護婦との会話は、その範疇じゃないのでしょう。だってそもそも、そういうことを注意するのが看護婦の役目なんでしょうからね。)

声を低めるとか笑い声をひそめるとかができないはずもなく、思いつけないはずもないから、多分その看護婦さんはそうやって、明るい雰囲気をまきちらすことで、病室全体を楽しく明るくしているつもりなんじゃないかと私は感じていました。もっと意地悪い言い方をすれば、そうやって担当の患者さんと盛り上がっている自分の能力を、皆に知ってもらうのが生きがいで、日々の充実感で、パワーの補給なのだろうとしか思えないレベルの浮かれっぷりでした。

私も、他の患者も、文句を言わなかったし、せきばらいやため息などのいやみも、まったくしませんでした。もしかしたら、本当にその陽気な声に慰められている人がいたのかもしれませんし、患者は弱い立場だから、そんな抵抗をして、あんな元気でやる気まんまんの看護婦さんに嫌われたら大変だと思っていたのかもしれません。

私はと言うと、その時の自分の精神状態に自信が持てませんでした。痛みや疲れで、過度に反応しているのかもしれないし、冷静な評価や判断ができなくなっているかもしれないから、うかつにそれに身を任せてはいけないという自覚があって、不満や不快を自分で認めることができないままでした。
 まあふだんから私はこうで、激怒していても、果たしてこれは正しいか、あとでゆっくり検証してからにしようと思って、とっさの反撃ができないままになるのが普通です(笑)。

実は今でも、その確信はありません。あの体調と気分の中で、私の抱いた怒りや苦痛が、どれだけ正しいものだったのか、正確には言えません。
 ただ、「風、薫る」のあの場面を見た時に、吐き気がするほどの強さでよみがえって来た不快感と苦痛は、少なくともこれだけ何年もたってなお、薄らぐようなものではなかったことだけは、しっかり確認できました。

その不快感や苦痛の中には、あくまで私の解釈ですが、ワイドショーの司会者たちと同様の「私って正しい、有能、カッコいい~!」という自己陶酔と自己表現の醜さを見せつけられるいらだたしさが、増幅されていたということも、あらためてつくづく感じました。

まさに「ごうつくばり(強突く張り」以外の何ものでもありません。

どれだけ個人的な感覚なのかわからないから、病院の方には今後とも言う気はありません。でも、こういう患者もいるかもしれないことを、すべての医療関係者は熟知していてほしいと、バーンズ先生の尻馬にのって、申し上げておきたいです。

Twitter Facebook
カツジ猫