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さよならコバエ

朝、キナモチの木でクマゼミが威勢よく鳴いていたけど、拾ってやったセミかどうかはわかりません。羽が破れてたし、飛べないと思うから、あの木で暮らしてくれたらいいんだけど、やっぱりセミだし飛びたいよねー。私のような性格のセミだったら、だめもとで、とにかく飛んで見ようとするだろうしな、絶対に。そして地面に転がり落ちて、あえなくアリのエサになるんだわ。
一応、木の回りは見たけど落ちてなかった。でも、枝の先から落っこちたらもうわからないしなあ。あとはもう、無事を祈るしかない。

そう言や、そのセミさんにかまってて、撮りそこねた朝顔は、今朝見たら、もう一輪増えていました。しめたと思って撮ろうとしたら、今度は風が強くて花びらがひらひらして、なかなかきれいに撮れない。まあまあなのが、これですわ。

風で横向いちゃうのが、これね。

この手前の左側の夕顔だか昼顔だかは、ものすごく蔓をのばして広がりまくってるのに、花はちっとも咲かないの。どういうことだろ。そろそろ咲いてもいいんじゃない?

中庭では、ルリマツリの茂みに埋もれそうになってたバラがちゃんと花をつけました。でもね、私、このバラは、愛猫の故キャラメルの毛色と似てるクリーム色なのが好きで植えたのだけど、開いたらバターみたいな黄色なのよ。この色も好きだけど、バラもアジサイみたいに、場所の土で色が変わっちゃったりするもんなの?

叔母の遺したピンクの花は、今年はいやに元気がよく、もう盛りを過ぎたと思ったら、また勢いよく満開になってる。

奥庭のバラもまだ花をつけてる。バラの手前や下に植えてたパンジーがついにほぼ終わったので、代わりに何を植えようかと迷ってた。バラを引き立てるのだから、地味な小さい花か、逆に青や白で派手に対立させるかとか、いろいろ考えたのだけど、いっそ、バラと同じ色(奥庭のバラは全部、赤一択でまとめてます)の花のあらゆる種類(もちろん安いのを。100円以下のを)を集めて植えてみたらどうだろうと考えて、赤い花ばかりを集めて買ってきた。それがこれ。

実は今朝涼しかったから、もう植えてしまった。どんな風になるのか、恐いけど楽しみ。

門柱の下のランタナが勢いづいて広がりすぎるので、少し切ってユリに加えて花瓶にさした。ユリはつぼみが全部開いてものすごいことになってるが、この野趣あふれるランタナをまぜて見たらそれなりにいける。

あ、コバエの話だった。少し前からいやにコバエが家の中にわくので、そんなに洗い物や残り物を置いてもいないし、花を飾るのがいけないのかなとか思いつつ、量販店でコバエホイホイとかいうのを買ってきておいていたら、ぞっとするほどいっぱい入っていた。さすがにそれでいなくなったが、それでもどうかするとまだ一匹飛んでたりする。おかしいなあと思っていたら、今日キッチンのテーブルの上のお菓子や保存食を入れているかごの中で、何と食べ忘れてたバナナが三本、溶けかけて腐っているのを発見。別に悪臭もしなかったので気づかなかった。それはコバエもわくわよね。

さっそく片づけて、かごも布巾も一気に洗った。明日、干して日光消毒してやる。布巾のしみは取れまいから、台拭きにするしかないけど、まあこれでコバエも消えるだろうと、それはちょっとほっとしている。

生ゴミ入れを片づけたりするたびに、ゴミの臭いにうんざりしたりするから、別に私がコロナにかかったわけじゃなく、本当に悪臭はしなかったのだ。
それにしても、地元でも全国でも、コロナの流行がすごい。ラジオで聞きたい番組の肝心なところで、わざわざ今日のコロナ感染者数はとか臨時ニュースを流すから、それを私が今知ってどうなるってんだ、次のニュースの時で充分間に合う情報だろうがと毎回ラジオに毒づいているのだが、これからますます、それが増えるようで、これまたうっとうしい。

自公政権はろくな対策はしていないようだ。記憶違いかもしれないが、去年も政府はオリンピックを強行したい一心で、コロナのことなんか二の次で、おかげで大勢が死んだような気がする。今年もきっと今ごろは元首相の国葬を何とか実施しなくては、と統一教会の人たちとせっせと相談するのに忙しくて、コロナどころじゃないんだろう、気の毒に、と身につまされる自分にうんざりするよ。

話が長くなるから、またゆっくり書くけど、大学に勤めてる時、人事関係とか人権関係とかセクハラパワハラ関係とかの委員会に入ってると、会議の内容が極秘で(あ、入試もか)時には会議したことそのものも人に話せなくて、何時間も議論したり事情聴取をしたりしても、あたかも何もしていないかのようにしか見えなかった。仕事の愚痴さえこぼせなかった。全部が機密事項だからなあ、しょうがない。

そのときの体験からくる実感で言うと、統一教会との関係をどうやってごまかそうとか、元総理の国葬をどうやって強行しようとか、話し合ったり考えたり工夫したりしている人たちに、しかもそれ全部、国民に隠してやるしかないような人たちに、コロナ対策をしようという頭脳も情熱もパワーも時間もあるわけないとしか思えない。どう考えたって無理でしょ。時間的にも、物理的にも。

これから国葬予定日の秋まで、私たちは自分の命にかかわるコロナ対策を、ついでに言うなら防衛対策だって、そういううわのそらの人たちにおまかせして生きるしかない。そう思ったら本当に恐い。いったいどうしたらいいんだろう。

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カツジ猫