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ついにあきらめて

◎死ぬ気でお金を出して、裏の崖の斜面だけ、業者に草を刈ってもらった。またすぐどうせ生えるし伸びるだろうが、自分がやってマムシにかまれるか、崖からころがりおちてどこかの骨を折るよりはいいだろう。

紀行の校正をせっせとやっている。とにかく、できるところから切り崩していくしかない。時節柄不穏当なたとえではあるが、瓦礫の中から仕事を再構築している気分だ。片づけつつ、建築している。圧倒的にほしいものは、ただ時間だ。

◎国会の不信任案さわぎは、しょ~もないの一言につきるが、原発作業員の被ばく制限の上限量撤廃は、正気の沙汰とも思えない。当事者が抗議できる立場にない人ばかりだからといって、こんなことが許されるのか。共産党、社民党、労働組合、人権団体は何をしているのだろう。子どもも動物ももちろん救わなくてはいけないが、原発作業員の安全については、誰かどこかが署名か運動かしていないのだろうか。

せめて彼らのことを、もっと報道してほしい。日本はおろか世界の命運をになって仕事をしている人たちに、この処遇はあまりにひどい。

放射能汚染地域でも、身を呈して犬や猫を救ってくれた方々がいた。今も救いつづけておられる。それに私たちが救われ、感謝するのは、最も無力な弱いものが見殺しにされない世界に生きているという、ささやかだが深い喜びがあるからだ。
だが、このままでは、原発作業員のかたがたは、その犬や猫や馬や牛や鶏や豚よりももっと無視されてしまうことになる。誰も救いの手をさしのべず、気にかけて心配もしないことになる。そんなことがあってはならない。

動物や女子どもが保護されるのと同様に、大人の男も思い切り大切にされ保護されるべきだ。こんなことにおかしな逆差別をしてはいけない。原発労働者は立派な弱者である。その人たちを守らなければ、動物や子どもを守った意味がない。

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カツジ猫