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てきぱき。

◇昨日はちょっと時間ができたので、福岡に「夜明けの祈り」を見に行った。ポーランドがナチスドイツから「解放」されたときに、侵攻してきた解放軍のはずのソ連軍が、社会主義から見たら悪になるのかもしれないカトリックの修道院の修道女たちをレイプして、7人が妊娠し、それを厳しい戒律のため、罪の意識もあって、修道院長(彼女も被害者)たちは隠蔽しつづけるという、もう何から何まで救えない内容である。関わってがんばるフランス人(だっけ)の若い女医さんが共産党員の両親に育てられたリベラル合理主義者で、彼女に協力する医師がホロコーストで家族を失ったユダヤ人(だから修道女たちは、まっすぐ感謝するということはない)とか、もう何から何まで嘘だろうというぐらいややこしい状況だが、こういうことは現実には、そして今も、いやっというほどあるのだろうな。

このような社会主義国家の犯罪や恥部が「カティンの森」事件でもそうだが、あらわになって、こうして描かれもするようになったのは慶賀の至りという他ないが、言いかえれば、こういうことに目をつぶり、白日の下にさらして向き合って来なかったからこそ(まあその当時はそれができない、したからうまく行ったとは言えない事情もしっかりあったにはちがいないが、それでもやっぱり)、その後の東欧やソ連の混乱や崩壊も起こったのだとも言える。国家でも団体でも、そして個人でも、見たくない見せたくないことと向き合う勇気がなかったら、結局それは病巣となって自他をむしばみ、何十倍にもなって、取り返しのつかない結果を招くのだ。

だからってわけでもないが、私自身の中にある、公開しにくい感想を言うと、このところ「ダウントン・アビー」や「セックス・アンド・ザ・シティ」で、妊娠や出産がほぼ常に待ち望まれて喜ぶべきものとして描かれ、さすがの私もそれに反発や不快を感じないほどになっていたのだが、修道院での妊娠や出産や赤ん坊が忌避され嫌悪され否定される情景や描写を見ると、どこか「いやそりゃそういうこともあっていい」とか「現実には今だって、これが世間の本音じゃないか、皆が無理しているだけで」とかいう思いがちらちらした。最終的にはもちろん母性や赤ん坊が勝利し肯定される結末にしながらも、決して「それが女の幸せ」「これが人間の本能」とか押しつけて来ないで、明るく子を捨てる女性の姿もさわやかに点描したのは、ネトウヨその他がいかに怒り狂おうともフェミニズムや女性たちが築き上げてきたものの、誇らかな勝利である。

◇今日は今日とて美容院に行く前に、同じ映画館で「ハイドリヒを撃て!」を見た。こっちは連合国が同盟国と認めないでナチに渡してしまった、チェコのレジスタンスの話で、暴虐の限りをつくす金髪の野獣(しょーもないニックネームよなあ)と呼ばれたナチスの指導者ハイドリヒを暗殺する人々の話だ。戦時下で暗殺されたナチス高官としては最高の地位の人物で、だから暗殺の報復としてナチスは、犯人をかくまったと情報のあった(かくまってない)村の16歳以上の男をすべて銃殺し、女子どもは収容所に送って建物は燃やし、要するに村ごと消した。その前もハイドリヒは、似たような処置で人質にした市民をどんどん殺してレジスタンス組織を壊滅状態に追いこんでいたのだから、まあその政策の延長線上だったわけだ。
映画館でたまたま会った、宗像の九条の会関係の奥さまが、見た後で「私はもう息が苦しくなって」と言っておられたように、全編すごい迫力で、救いのない結末のすごさも、昔のレジスタンス映画を見ているようだった。

ポーランド同様、チェコという小国がおかれた立場の苛酷さ、複雑さがそくそくとせまって来るし、歴史における貴重な情報も満載だった。チェコのこの犠牲を見てチャーチルは、同盟国として扱うことを決めたのだというが、暗殺を企画実行した人たちは、ただの怒りや恨みだけでなく、政治的なかけひきや大国を動かすためにはどうすべきかという計算もしながら行動しているのだ。対立もし、死におびえ、この方針が正しいかどうかに迷いながら。そこもとても新しいし、現代に通じるものがあった。

そして声を大にして言っときたいが、もうほんとに、ちゃんと見とけよ、これって徹底的にテロリストの映画だぞ。
アメリカがベトナムやイラクで現地の人の抵抗にあって閉口した結果、苦しまぎれの泣き言で、けっこう立派なちゃんとした映画でも、テロが悪だと言う図式を徹底的に作り上げたのを、私はほんとに苦々しくアホかと思って見続けていた。しかも、アメリカって、そもそもそういう侵略をするのは、第二次大戦でナチスを破って、ヨーロッパを解放した、あの快感と夢が忘れられないからだろうが、そのヨーロッパでナチスに対して行われていたのは、ベトナムや中東や9.11.で、あんたたちに抵抗し抗議した人たちのしていたことと同じじゃん。ダブルスタンダードもいいかげんにしろ、人を傷つけるのは正義で、自分が傷つけられるのは悪かい、何から何まで吐き気がするよと毎回見ていて、そのあまりにもご都合主義のバカぶりが、もう本当に情けなかった。
日本がまた、そのアメリカに輪をかけたなーんにも考えない、つるんつるんの脳みそで、とにかくテロは悪いと猫も杓子も思っているのが、私にはつくづく気に食わない。
ナチスのしたことと、それに抵抗して今の時代を作った人たちの、こういう映画をよく見ておけと言いたい。これがテロですよ。今、中東でやってることも、おおかたこれとおんなじですよ。

◇あ、それで思い出したが、DVDを借りて来て見た「オマールの壁」が、パレスチナ占領地域での、そういう抵抗をまさに描いていて、いやー名前も知らない若い俳優たちの美しい肉体や身のこなし(どこ見てんねん)にほれぼれしつつ、とことんまっすぐに生きた主人公の、最後の選択の的確さと見事さに、もう、酔いました。最高のラストシーンやわあれは。

◇そのDVDも返さなくちゃならないし、仕事は山積みでしかも多彩、てきぱき動かなくちゃいけないのに、ついついだらだら過ごしてしまう。いかんなあもう。てきぱきてきぱきと、呪文のように唱えています。

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カツジ猫