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とんちんかん

お正月気分も今日で終わり。スーパーで七草粥のインスタントセットを買ってきてた気がするんだけど、どーせまた、どっかに行って見つからないんだろ。そういうことにはこだわらないことにした。認知症の認知の始まりかな。

「アンの思い出の日々」、年末の講演の材料にしたのが机の端に残っていたのを、つい何度も読み返している。同時にたまたま、オルコットの「第4若草物語」が講演ぎりぎりか講演後に、アマゾンに注文していた本が届いて、ざっとしか読んでなかったのを、これまた読み返している。

こんなにもちがうものか。「第4若草物語」は、たとえば少し前のアメリカのミステリーのシリーズが、ともすれば主人公が成功してありえないほどの大富豪になり、ユートピアのような理想郷を作り上げている展開になって行くのと同じに、登場人物たちは皆大成功して素晴らしい楽園を作り上げ、それを拡大しつづけている。
一方で「アンの思い出の日々」は、アンの一家のささやかな幸せはあるけれど、それはむしろひっそりとつつましく、閉ざされて淋しい。特に、挿入されている短編のひとつ「あるつまらない女の一生」は、とんちんかんな俗物どもの無理解と無視の中、その生涯も愛も光輝も誰にも知られないままで、孤独に死んで行く老女の最期を描いて、読む人によってはホラーじゃないかと思うほどに暗くてすさまじい。

それにもかかわらず、そこには香気とさわやかさが漂う。程度の差こそあれ、私の最期もきっとこうなるだろうし、そこへつながる道を私は歩いているし、それで満足だ。
自分の過去も現在も、決して理解していない人たちに囲まれて生きるのは当然のことだし、私もまた、さまざまな人たちのことは理解しないままだろう。せめて、そのことだけは知りながら生きて行きたい。

庭には蝋梅が咲いた。今日も天気はよさそうだ。

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カツジ猫