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にこにこしながら。

◇毎日新聞に、琴欧州が日体大の卒業証書をもらったという記事がちらっと出ていて、鳴戸親方だったっけ、ちゃんと親方になってたので安心した。私がファンのラッセル・クロウに似ているという話があったからってわけでもないが(笑)、好きな力士の一人だったので、外国籍だと年寄株をもらうのが難しいんじゃないかと、どこかで聞いたような気がしてちょっと憂鬱になっていた。

稀勢の里の優勝は立派だし祝福したいが、「日本人横綱」をあまり強調されると、なんだかあまりいい気はしない。もうずっと昔、まだ外国人力士が少なかったころ、横綱審議会委員長だった高橋義孝氏が「日本の国技に外国人は好ましくない」とかなんとか発言して、まあ当時はそれさえも大して問題にもならなかったが、私の後輩の若い女性研究者が、いたずらっぽく、「じゃあ、おまえ(高橋氏)の専門のドイツ文学研究はどうなるのって話よね」と言って二人で爆笑したのが忘れられない。

私はそもそも照ノ富士が日本人かどうかさえ知らなかったのだが、琴奨菊に変化で勝って大関復帰の夢を断ち、稀勢の里に並んで優勝候補となり、その直後に兄弟子の日馬富士が稀勢の里に勝って照ノ富士を星一つリードさせ、しかも肩に負傷させたという展開を見て、わー、これは日本人の横綱と横綱候補の二人をモンゴルの横綱とその弟弟子が不幸のどん底に落としこんだみたいな、絵に描いたような図式で、これで照ノ富士が優勝でもした日には、ものすごいバッシングが起こりゃしないかと、とっさにすごく心配した。優勝してほしくないとは、これっぽっちも思わなかったが、優勝したら、そういういやなバッシングが起こって、また日本人として恥ずかしい思いをさせられて、それで自分も愛国心みたいなものがあったのかと思い知らされてうんざりするという、とことんうっとうしい予想までした。

で、稀勢の里が優勝して、これまた別にほっとしたわけでもないが、結局やっぱり照ノ富士が琴奨菊に変化して勝った後で、「モンゴルに帰れ」とか、私のブログをそんな文字で汚したくないぐらい低級な悪口のヤジが飛んだのを知って、そんなこというやつこそ、家に帰ってふとんにもぐって地球最後の日まで出てくんなというぐらい腹が立った。
Kumikoさんのツイログその他で、「大相撲はサッカーと同様、この手のヤジに毅然とした態度をとれ」という声があがっていたのは当然だ。

もっとも私は子どものころに何かの子ども向けの雑誌で見た、アメリカの黒人野球選手の話で、彼が観客が黒猫をつかみあげて見せびらかしながら、差別的なヤジを飛ばすような、ひどい差別を受けてもがんばったみたいな記述を見たのを覚えていて、今ならそんなことしたら(動物虐待で袋だたきになるだろう件はさておき)アホかと思って相手にもされないのじゃないかと思うので、いずれは大相撲もそうなるだろうと信じたいが、そのためにも私たちが努力しなければとつくづく思う。

◇Kumikoさんのツイログでは、少し前から、男性保育士が女児の着替えをすることについて話題になっていて、そのことについて危惧を示した女性に対する千葉市長の発言がなっとらんということで、皆が激しく怒っている。うな子だのメグだの沖ノ島など、地方自治体の男女に関する意識の古色蒼然さは、今にはじまったことじゃなく、トランプが嘘かほんとか知らないが、地方の保守層の支持を得たというように日本も都会と田舎との意識の格差は相当なもんだと実感もする。そして、これらの件に関する何らかの批判をした人に対して「あんたは特殊で、普通じゃない」とレッテルはりをしようと、やっきになるのも、私が「沖ノ島の女人禁制は不愉快だ」とネットで書いたとたんに「こういう人は」と、真正面から私を見ずに、いきなり目をそらしたまま、よそに向かって話し出す人がいた体験からも、もう笑い出したいほど(笑ってる場合じゃないが)よくわかる。

これは、当人たちはレッテルはりという意識さえなく、すでに頭の中にレッテルがはりついているので、発想し分析する脳髄がそもそも、それをはがせないから、そのまんまの発言になるのだろう。
先日のルックルック講座で、沖ノ島問題を市の担当者と話し合った際も、これが実に展望の見えて来ない計画で、予算面からもあまりにも市民への説明不足という点では参加者は一致していたが、あらためてつくづく感じたのは、市民運動をしている人でも民主的で革新的な人たちでも、女人禁制の場所が世界遺産になることについては、本当に痛くもかゆくもないのだなという、のけぞりたくなるような実感だった(そういう発言が特にあったわけではない。むしろ皆さん、私のことは好きでいて下さるから、「どうしてそんなに気になるのかわからないなあ」という正直なとまどいがあっても、それは隠して控えていて下さったと感じる。言いかえれば、だから、なおのこと、もし私でなくて見知らぬ人が同じ意志を示したら、「あんた何言ってるの?」感はもっとはっきり出たのじゃないかという気がした)。まあそれはほぼわかってもいたので、ショックではないし失望も幻滅もしなかったけど。

ただ、いつものことながら、それでつい口がすべって、最後の最後に「私ねえ、最初からこの計画には不愉快で、ネットで署名をつのるとか、全国の女性団体に抗議するよう呼びかけようかとか思わないでもなかったんだけど、市役所の人には知り合いも多いしがんばってるのもわかってたから、まあまあそういうことはしないでおこうと黙って見てたんですよ。そうしたら、だんだん自分でも精神状態がおかしくなって、一時は本気で宗像の浜辺で抗議の焼身自殺をしようかという気になって、気がついたら灯油を買っていたんです。我ながらこれはヤバいと思ったから、それからはぼちぼち皆に話して反対や疑問を出すようになったんですけどね。そこまで追いつめられる人もいるってことはわかっておいていただきたいのですよ」と、にこにこしながら言ってしまった。
まあ、何一つ、嘘は言ってない。私を知っている人ならやりかねないと思うだろう。
裸踊りぐらいなら、まだ真剣にやろうかと考えてもいるのよね、実は(笑)。

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カツジ猫