はあはあぜいぜい
台風はまあこちらではそれほどでもなかった。涼しい風が心地よいぐらいだ。でも、なんだか毎日ものすごく疲れてしまって、これで豪雨だの強風だので被害があったら、どうなることかと心もとない限りではある。
スーパーに買い物に行ったら、物価はあいかわらず高い。お刺身売り場で思案していて、隣りで同じように考え込んでいた奥さまと、思わず目があって「高いですねえ」と言い合ってしまった。
奥さまは買い物かごの一番上に、中ぐらいのカニのまるごとのパックを乗せておられた。「七百円だったから、まあいいかと思い切って買ってしまったんですよ」とおっしゃるので、「あらー、いいじゃありませんか、おいしそう」と言ったら、「この脚のところに、どのくらい身が入ってるかなんですけど」と、カニを見下ろしておっしゃっていた。
積み上げている文庫本を読み飛ばして、適当にブックオフに売ろうと、「文豪たちが書いた酒の名作短編集」というのを読んでいた。私はだいたい作者や背景にまるで興味がなく、作品だけを楽しむのが癖なので、こういうタイプの本はあまり読まないのだが、坂口安吾や太宰治や佐々木邦などの酒にまつわる話はどれもやたらに面白く、時代背景や文壇の交流や、はちゃめちゃな人生が、今のSNSやYouTubeの記事を読むようで、ひきこまれた。太宰が最後に心中する相手の女性とのさりげないつきあいの様子も、何だか身近に感じられた。
その太宰の「酒の追憶」という短編の中で、「連れといっしょにお邪魔していいか」と言って訪問してくる丸山定夫という人が、その連れというのは上等のお酒だったりして、お洒落で感じが良くて太宰もほめるし、読んでいても好きになるが、ふと、この人、広島の原爆で全滅した演劇集団「さくら隊」のリーダーで、とても苦しんで死んだ人じゃなかったかと気づいた。ネットで見たら、やはりそうらしくて、将来を嘱望されてた、すぐれた俳優で四十四歳の若さで死んだのだった。
「さくら隊」に関する本は何冊か読んでいて、ひとごととは思えなかった。園井恵子たちの話が中心で、丸山定夫のことは、仲間がさがしあてた避難所で悲惨な死を迎えることぐらいしか書かれてなかったので、こうやって、その親切で細やかでいかにもセンスのいい日常の人柄を思いがけなくかいまみると、あらためて、悔しさや怒りや悲しみがこみあげた。
高市首相退陣、戦争反対のデモの記事に、判で押したようなしょうもない批判のコメントがつく話は前にも書いたが、そういう記事の大半が「戦争は誰でも嫌いだ」とはじまり、「しかし…」とあれこれの攻撃に続く。その最初の書き出しを見るたびに、いつも「そうか?」と思う。「戦争は誰でも嫌い」じゃないのですよ。それで一儲けしようとか、甘い汁を吸おうとか、いい目を見ようとか、罪を逃れようとか、他者の苦しみなんか痛くも痒くもない人とか、世の中にごまんといるのですよ。「誰もが嫌い」なんて、そもそも、その認識からして、甘いし他人事だし、大まちがいだし、過去も現実もちゃんと見てない、うすっぺらな、うわべだけの、おざなりの決まり文句なんですよ。そんな通り一遍のことばを目にするたびに、書いたやつが目の前にいたら、はったおしたくなるほどの怒りを感じてしまいます。
夕食後、自費出版の本の校正をしていて、ばててベッドにひっくりかえって寝てしまい、夜中近くに起きてパソコンをのぞいたら、水曜には敗けるジンクスがあったらしいホークスと中日が、延長11回でまだ試合をしていて腰が抜けた。私が寝落ちする段階では4点リードされてたホークスが、何だかだで追いついて、結局勝ってリーグ2位に浮上した。あきれるやら感心するやらで、つい最後まで見届けようと、横目で見ながら、校正をしていたため、試合が終わるころに校正も仕上がって、今日のノルマは何とか達成。誰にお礼を言えばいいんだろう(笑)。
奥庭のユリはつぼみがいっぱいついている。今日はまだ見に行ってないけど、風で倒れてないといいんだが。

